第二章

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第二章

 フミくんが私の前に現れたのは、高校一年の雨の季節だった。 「林 博史(ひろふみ)です。よろしくお願いします」  梅雨の合間の晴れた日、蒸し暑い教室に響いた彼の声は清々しかった。クラスの女子たちのざわめきは、彼女たちにとっても彼がとても魅力的だったからだろう。フミくんは瞬く間にクラスの人気者になっていった。  今の時代は『カースト』という言葉を使うらしい。今風に言うと転校生のフミくんは僅かな時間の中でその頂点に登っていたと思う。私とは違う場所にいる彼が私と親しくなってくれたのは、名前のせいに他ならない。 「大庭は(ひろし)って名前なんだな。俺は博史(ひろふみ)、同じ字が入るな」  なぜそんな会話になったのかは覚えていない。ただ「じゃあ林くんはフミくんね」と言ったのは綾美だったような気がする。確かサッカー部に入ったフミくんの試合を観に行ったときだ。  フミくんが瞬く間にクラスの人気者になったのは、彼の性格や容姿だけではなかった。夏休み前に行われた球技大会でサッカーチームになった彼の活躍のせいも多大にあっただろう。  まるでボールを足に吸い付けるようなドリブル。ただ走るフミくんの足にボールの方がひきつけられている。グランドを走る彼から目が離せなかったのは私だけではなかったのだ。翌日、フミくんはサッカー部の勧誘を受けていた。  夏休みが明けて、すぐにあった体育祭でも彼はヒーローだった。そしてトラックを走り抜けたのと同じスピードで、グランドではボールを操っていた。 「試合に出られることになったんだ。応援に来てよ。婚約者さんと」  フミくんにそう言われて少し恥ずかしかった。綾美の存在を知っているのは、フミくんだけだ。 「彼女が欲しいと思わないのか?」  二人でしたそんな会話のなかで、私がぽろりと溢してしまった。 「金持ちっていうのはそんなものなのかな。俺んちは超貧乏だから、そんなことは考えられないよ」  そう言って笑ったフミくんには、右の頬に小さな笑窪ができた。ふと綾美の頬にある笑窪を思い出した。フミくんに笑窪があることで、幼い頃からいつも見てきて、いずれ私の妻になる綾美を思い出すのだと思っていた。だから彼といるとどこか温かい気持ちになるのだと思った。
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