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知らない声はすごく近くから聞こえる。耳に向かって話すように、また「大丈夫ですか?」と。耳に息がかかって吐きそうになる。
知らない声とパーソナルスペースを無視された距離、そして頭痛で咄嗟に本棚に置いていた左手を離してその場にしゃがみ込んでいた。逃げなければ、この場を離れなければいけなかったのかもしれない。でも立ち上がることができない。
しゃがみ込んだ肩に、知らない熱が近づいてくる気がした。怖い!
「なんですか! 連れに何か?」
通路の端の方からフミくんの大きな声がしたと思うと、すぐに彼の息遣いが聞こえた。
「あんた、なんだ? 俺の連れに何した?!」
しゃがみ込んで床しか見えていないのに、フミくんが私に近づき、知らない熱が少し離れた気がする。
「なんだよ、もう相手見つけたのかよ。物欲しげにあんな部屋に入ってきただけあるな」
知らない声が言った。
「何言ってんだ! この人は俺の連れだ! 俺を探していただけだ!」
フミくんの声が大きい。
知らない声は「チッ」と舌打ちをした。そして背中から熱が離れて行く。
「あやちゃん、大丈夫か? 立てる?」
フミくんに支えられながら立ち上がることができた。でも頭痛は治らない。
ゆっくりと頭を上げると、通路の向こうからいくつかの顔がこちらを覗き込んでいる。怖い。
「とにかくここを出よう。車で来たんだよね?」
フミくんがそう言いながら、ほとんど私を抱きかかえるように歩き出した。フミくんに凭れ掛かりながら、頭痛を抑えながら、フミくんの温もりが気持ち悪かった熱を取り払ってくれているように感じる。
フミくんに支えられたまま書店の自動ドアを出る。暖房から出て外の冷気が顔に当たった。冷たいけれど気持ちよかった。
「……大丈夫。フミくん、ごめんなさい」
彼の方を見ずに呟くように言ってから、支えてくれた腕を持ってようやく自分の足で立つことができた。
「車、どこ?」
フミくんの声に、建物から一番遠い国道側にある白いクラウンを指差した。
「ああ、あれだな。ちょっと待ってられる?」
そう言ったフミくんに頷くと、彼はそろそろと私の側を離れた。フミくんの熱も離れて私の全身が師走の冷気にさらされた。
寒いけれど気持ちよくて、さっきまでの頭痛が少しましになったと思う。
すぐに戻って来たフミくんに肘のあたりを持ってもらいながら、病み上がりの人のように一歩一歩足をだして遠い場所に停めてしまった車へと向かった。
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