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自分で言葉にして吐き出したことで、私はひとつのことに気がついた。『官能的な小説』つまり『性的な感覚を刺激する小説』。あの部屋に入った私は何もわかっていなかったわけじゃないということ。
そんなこと考えたこともなかった。『性的な』なんて言葉自体も恥ずかしかったし、そこに関わることを考えたこともなかった。博さんとのいとなみは、そういうことではないと思っていた。
「官能的な小説って……。いわゆる官能小説のことだよね?」
フミくんが冷静さを保ってくれようとしていることをハンドルを強く握った様子でわかってしまった。私はまた間違えたのかもしれない。そんな不安で俯いた。
「あの部屋は確かにそうした小説や、DVDを置いてる場所だね。R18って映画とかでもあるよね、そういうのをあそこに纏めてあるんだ」
フミくんはあの部屋を利用したことがあるのかもしれないとふいに過ぎる。そんな私の思考を察してフミくんは、ポンとまたハンドルを叩いた。
「俺もあの部屋の物を買ったことはあるよ。官能小説もね。でもね、どちらかというとあの部屋にある小説は男性向けだと思う」
フミくんがとても静かに話してくれるから、私の間違いを醜いことと感じずにすんでいる。彼に話したことがとても自然なことであったように思わせてくれる。
「女性目線のそういう物もどこかにあるのかもしれないけれど俺は知らない。あやちゃんは谷崎潤一郎の小説を読んだことはある?」
いきなり言われて頷いた。『細雪』は読めた。でも妙子さんに勧められた『痴人の愛』は途中で気持ち悪くなって読み切っていない。そんなことを小さな声で言っていた。
「純文学で気持ち悪くなる人に、官能小説は無理だと思う」
フミくんはとても真面目に静かに『官能小説』という言葉を使う。
「あやちゃんが年齢よりも幼いのは、俺は素敵なことだと思う。そんな純粋さも君の魅力だよ。でも君自身が何かを変えたいと思っているのなら、いきなりそんなに高いハードルを持ってこない方がいいんじゃないかな? もし君が今、官能小説を読んでしまったら、性に対してもっと気持ち悪くて嫌な感覚を持ってしまう気がする。博といて幸せなんでしょ? そして君たちはお互いに健康で健全だ。それにまだ若いんだから、コウノトリを待ったっていいと思うけど」
そうなのかな、でも。
「博のことが好きなんでしょ? だったら二人でそういうことも考えていくべきだよね? あやちゃんが一人で悩むのじゃなくてさ」
フミくんの言うことは、本当に最もだ。でも。
そのとき、また私の目頭が熱くなってきた。
悲しいわけじゃない。なのになぜ涙が出てくるんだろう。
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