綾美 Ⅳ

16/22
前へ
/187ページ
次へ
 12月24日は毎年、博さんと外食をする。博さんが予約してくれたレストランや割烹で、二人でご馳走をいただく。ホテルのレストランということもあるけれど夜は家に帰る。私も博さんも家で過ごすのが好きだし、すぐに帰れるのにホテルに泊まるのはもったいないと思ってしまう。  それに博さんは大概翌日仕事だし、私も25日は朝からフミくんと私たちのクリスマスパーティーの準備をしたいから。  いつも25日は博さんを送り出して通常の家事を済ませたあと、ケーキを焼いたり、パーティーのご馳走を作ったりと大忙しだ。大変だけど、博さんもフミくんもやっぱりクリスマスって楽しそうだし、フミくんは私の料理やケーキにいつも感嘆の声をあげてくれるし、それを見て博さんも嬉しそうだから私はとても幸せな気持ちになることができる。だからいつの頃からか私も12月25日が楽しみだった。    でも今年のクリスマスは違った。  24日はいつもどうり博さんとデートをして外食をした。クリスマスソングが流れて、煌びやかなネオンが溢れている夜の街を二人で歩くだけで、ちょっと特別な感じがする。博さんに貰ったコートはとても暖かくて、雪が降ったら素敵なのになんて思えた。  あの日、本屋さんから送ってくれる車の中で、「そのクリスマスプレゼントのことは、博には秘密だな」ってフミくんは言った。確かに博さんに言うと、その他のことも話さなくてはいけなくなる。黙っていることはできても、上手に嘘をつく自信はないし、つきたくない。そんな私の心を見透かしたように、車を降りてから「黙っていることと嘘をつくことは違うから」とフミくんは言ってくれた。私は頷いてお礼を伝え「お茶を飲んで行って」と誘ったけれど、「用があるから」と丁寧に断られた。  車庫から出て駅の方に歩いて行くフミくんの背中を見送りながら、それにしてもフミくんはどうやってあの本屋さんに来たんだろうと思った。電車に乗ってバスに乗って? もしかしたらあの店の近くにお友達の家があるのかもしれない。  12月21日に博さんから25日にフミくんが来られないことを聞いた。やっぱり用ができたのかなと思ったけれど、そうでないかもしれないとも思った。作戦のために私たちを二人にしようとしてくれたのかもしれない。それは少し淋しいことだし、博さんには申し訳ないけれど、だったらなお、作戦を成功させなければと思った。  25日、博さんと私だけのためにクリスマスのご馳走を作って、いつものようにケーキを焼いた。新聞で確認した『TVロードショー』は「月夜の恋人」。フミくんが言ったとおりだ。  料理をしているときも、博さんと食事をとっている間も少し緊張していた。  博さんが煎れてくれた珈琲とケーキを食べながら、一緒に『月夜の恋人』を観る。私が「観たい」と言ったとき、博さんは少しだけ不思議がったけれど、フミくんの作戦どおり一緒に観てくれた。  フミくんが教えてくれたとおり、映像が本当に綺麗だし、私は作戦も忘れてお洒落なインテリアや小物を我が家にも欲しいと思いながら観ていた。  博さんがトイレに行ったときに、ハッとして作戦を思い出す。フミくんが言った「濃厚なシーン」はまだ出てきていない。そのことを思い出したときに、戻ってきた博さんが隣に座った。自分の心臓がうるさいと思うくらいにドキドキしてくる。
/187ページ

最初のコメントを投稿しよう!

39人が本棚に入れています
本棚に追加