綾美 Ⅳ

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 『月夜の恋人』のストーリーは、学生の頃に付き合っていた二人が大人になって再会する話だ。女性は他の人と暮らしていたけれど、あまり幸せな状態じゃなかったところに自分を捨てた昔の恋人に再会する。でも本当は彼は彼女を捨てたわけではなかったことを知った彼女は、また彼に惹かれていく。新聞の番組紹介欄にはそんな風に書いてあった。  よくあるラブストーリーなのかもしれない。でもフミくんが言ったとおり、どこか儚げな映像は美しくて引き込まれる。  これまでに出てきたフミくんが言っていたようないとなみのシーンは、彼女の回想で高校生の二人がキスをして初めて結ばれるシーンだけだ。  でもそれも二人が彼の部屋に入ったところでCMになって、映画に戻ったときは彼のベッドの上に座った彼女がシーツで胸を隠しながら窓から見える月を見ているシーンだった。彼女はシルエットになっていて、窓から見える月だけが黄色い色を持っていた。フェイドアウトしたあとは、シーンが変わって現代の彼女が仕事をしているところだった。フミくんの言う「私が観るのが辛くなる」ということはさすがにない。  大人になった二人が過去の誤解が解けて結ばれることになる。多分ここに違いない。いよいよだと思うと緊張して肩に少し力が入った。でもちゃんと観る。どんな濃厚なシーンでも。 『僕はあやまちを犯すよ。君にその覚悟はある?』  部屋に入るなり噛みつくみたいなキスをしながらお互いの服を脱がせて、ベッドに倒れ込んでから彼がそう言った。下着姿の彼女は彼を見つめて自分からキスをする。 『私、大人になったのよ。あの頃よりもずっと……』  そう言った彼女がシーツの中に潜ってしまった。仰向けに寝ている彼が目を閉じて、閉じていた唇を開く。  そこでまたCMになる。  ちょっとドキドキしている。あんなキス知らない。それにキスをしながらお互いの服を脱がせるなんて。ブラウスのボタンがちぎれ飛びそうだった。  お菓子のCMが流れている間、心臓の鼓動が博さんに聞こえたらどうしようと思って彼の顔を盗み見る。さっき持ってきたグラスワインを飲んでいる。濃厚なキスシーンにドキドキしているのは、私だけみたいだ。  お菓子のCMを見ながら彼女はどこに行ったのだろうと考えていた。『私、大人になったのよ。あの頃よりもずっと』その言葉の意味もよくわからなかった。  お菓子のあとに、テレビのCMがあって映画に戻った。  彼が一人でベッドに座って煙草を吸っているところに、服を着た彼女が近づいてくる。 『もうあの頃には戻れないことがわかった?』  そう聞いた彼女は一人で部屋を出て行った。  その後はいろいろあった二人の障害が解決して、昔すれ違ってしまった月が綺麗に見える橋の上で再会した二人がシルエットになってしっかりと抱き合った。とても大きな満月がそんな二人を見守るみたいに夜空に浮かんでいる。それがラストシーン。  フミくんが言ってた濃厚なシーンは、あの凄いキスシーンのことなのかな。    隣りを見ると博さんはちょっと眠たそうだ。でも髪を撫でてくれながら、「おもしろかった?」と聞いてくれる。頷いたけれどそれほど面白くはなかった。 「映像が綺麗だったね」と言うと、「そうだね」と同意してくれたけれど、その言い方で博さんもあまり面白くなかったのじゃないかなと思った。  ニュースが始まる音楽を聴きながら、緊張が解けて私も眠たくなってくる。でも博さんはすっかり目が覚めてしまったみたいで、汚職絡みのニュースに見入っていた。
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