綾美 Ⅳ

19/22
前へ
/187ページ
次へ
 映像が綺麗な映画ではあったけれど、私にとって刺激的だったキスシーンとベッドインのシーンが、セクシーなものだということかな。  あのキスシーンを見たときのドキドキは、後から思えば『野生の王国』でライオンに食べられるシマウマを見たときに似ている気がする。フミくんが言う『セクシーな感覚』っていうのはそういうことなのかな。博さんはどう思ったのだろう、セクシーだと思ったのかな。  結局、12月25日の夜は私が眠たくなってしまって、スポーツニュースを観ていた博さんより先にベッドに入ってしまった。  もちろんまだ私の勉強の最初の一歩だから、刺激が少ない物をフミくんは教えてくれたのだろう。そうして積み重ねることで『痴人の愛』もなんとも思わずに読めるようになって、博さんにオーガズムというものを感じてもらえるようになって、授かることができるのかもしれない。 「私、大人になったのよ」  ヒロインが言ったセリフを声に出してみる。もっと大人にならなきゃ。  正直なところ、私はまだ博さんとひとつになることよりも、肩を抱いてもらったりただ抱きしめてもらって眠るときの方が幸せだと思う。  『野生の王国』みたいなキスより、小鳥が何度も啄むように博さんが繰り返してくれるキスが好きだ。それは大人ではないのかもしれない、25歳にもなって。  木津さんの『男性がオーガズムを感じた方が』という声が頭の中で聞こえた。あのとき聞き取れなかったその言葉は、意味がわからないけれどあまり好きではない彼女の声で脳内で時々リピートする。思えばあの言葉を声にしたのは、彼女だけなのだから仕方がない。  『月夜の恋人』の彼は、あの瞬間オーガズムを感じたのかな? 目を閉じて口を少し開いていた。  博さんとこんなに長く夫婦をしているし、数えきれないくらい肌を重ねてきたけれど、私はいとなみの間いつもぎゅっと目をつぶっているから、博さんの表情を見たことがない。電気も暗くしてるし。もし博さんがあんな表情をしていたら、それが『オーガズムを感じた』っていうことになるのかしら。  あの東京での時間を思い出す。木津さんの登場から二人がいなくなるまで、針の筵に座っているような気がしていた。  でも、今、冷静にあの時間のことを思い出すと、木津さんが言った『オーガズム』って言葉の意味は、淑子さんだけでなくて妙子さんも真由美ちゃんもわかっていたように思えてきた。あのなかで私だけがわかっていなかったのかもしれない。  高等部から短大までの五年間、同じ場所で同じ時間を過ごしてきたと思っていたけれど違ったのか、そのあとに社会に出て皆さん様々なことを学んだのか。私が博さんに依存してのほほんと暮らしている間に、皆さんちゃんと大人になれていたのかもしれない。  もしそうならば私だけが成長できていなかったということだ、五年もの時間を。
/187ページ

最初のコメントを投稿しよう!

39人が本棚に入れています
本棚に追加