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序章
じんわりと瞼を開くと、そこに覗き込むように博美の心配そうな顔があった。
「お父さん、気がついた? わかる?」
「ああ、博美」
私の言葉に博美はほっとしたような表情を見せてから
「良かった、会社で倒れたのよ」
と、息を吐く。
「愛美は?」
寝たままでできる限り視線を動かしてみると、個室の隅にあるソファーに小さな身体が確認できた。
「この部屋しか空いてなかったから、さっきまでぐずってたんだけど」
博美もソファーの方に視線を移した。
「待合室に田窪さんいるの。呼んでくるね」
もう一度、愛美が眠るソファーをちらりと見てから博美は静かに部屋を出て行った。
疲れが溜まっていただけかもしれないが、状態が悪化している可能性も否定できない。
博美が出て行き、静寂に包まれた個室のなかに、愛美の寝息が聞こえる。繰り返す小さな息づかいに、穏やかな穏やかな気持ちになっていたとき、廊下を歩くいくつかの足音が近づいてきて扉が開けられた。
「社長」
秘書の田窪の声と、
「お義父さん、大丈夫ですか?」
博美の夫、孝之の声、そして
「大庭さん、気がつきましたか?」という聞き慣れない女性の声がした。多分、看護師だろう。
「はい、ご迷惑をおかけしました」
そう言いながら、上体を起こそうとして止められる。
「まだあまり動かないでください」
聞き慣れない声に従い、力を抜く。
もう私にはそれほど時間が残されていないのかもしれない。
フミくん、綾美、ようやく君たちのところに行けるのかな。君たちは私を許してくれるのかな。そしてまた、三人で過ごすことを受け入れてくれるのかな、黄泉の中で。
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