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哀調帯びた雨音がアスファルトをたたく。突然降り出した春の雨に体温を奪われる前に逃げ込んだ。
肩を並べて雨に濡れる桜を見つめていると彼はぽつり、とこう呟いた。
「桜の花に降り注ぐ雨を桜雨って言うんだよ」
彼には似合わない、儚げで綺麗な言葉だった。普段の様子から連想出来ないであろう、そんな言葉に思わず釘づけになってしまった。
「綺麗な言葉だね…桜雨」
「麗那が冬に貸してくれた本あっただろ? それに書いてあったんだよ』
ああ、そうだ。冬に一度だけ彼に本を貸したことがあった。
はっきりは思い出せないが少し切ない、青春小説のような気がした。ほんとうに何気ない日常の一部すぎて私の記憶は曖昧だった。
「だから、憶えてる」
無邪気な少年のように笑う彼を見て、今までの思い出が一気によみがえってくる。
「そうだったんだ。良い言葉だね、桜雨」
「国語が好きだろ? 麗那って。だからもっと綺麗な言葉、っていうの? に出逢えるだろ。これからだって」
「…ありがとう」
「そろそろ、雨やんできたし帰るか?」
雲の間から差す西日が水たまりに反射したのに気づき、そう尋ねられた質問に私はゆっくりと首を縦に振った。
ベンチから立ち上がる際に少し、名残惜しそうな表情を彼が見せたのは私の見間違いだろうか。
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