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「なぁ、どうなんだよ? アレはアンタの話じゃないのかよ? 俺はずっと、東雲サンは普通の家庭で育って、両親とは死別したかなんかして今は一人になってるだけの、俺とは違うそこらのヤツらと同じヒトだと思ってたけど。アンタも俺と同じように、施設で育った人間なのか?」
俺に振り返った彼は、なんだかもう困り切ったみたいな顔で溜息を吐く。
「そうだよ。………俺は、ハルカと同じように養護施設で育ち、母親はちゃんと生きてる」
「なんで、言ってくれなかったんだよっ!」
「それは……、ハルカに余分なコトを考えて欲しくなかったから。……俺はハルカをすごく大事に想っているけれど、俺がハルカの人生を勝手にしたり、無理に俺の意向に添わせたりなんてしたくないんだ。ハルカはハルカの人生を、自分で見つけて自分で決めて欲しい」
「それってなんだよ? そんなコトしてアンタに一体どんな利益があんの? 俺……東雲サンの考えてる事が解ンねェよ!」
「………なぁ、ハルカ。オマエはもう気が付いてると思うけど、あすこにある位牌の俺の友人ってのは、友達なんかじゃなくて恋人だった。アイツは、俺が施設にいた時に同じ部屋にいたヤツで、年齢が近かったから施設を出た後に一緒に生活するようになった。………ハルカ、俺はオマエとほとんどそっくり同じ理由で養護施設に入ったんだ。オマエの履歴を見た時からずっと、オマエのコトばっかり考えてたんだよ」
彼の言葉に、俺はとても驚いてしまった。
俺はずっと、彼は単にものすごく心の優しい人物に過ぎず、行くアテのない俺にただ親切で住処を提供してくれているんだとばかり思っていたのに。
実は俺が彼の…それこそ顔も名前もろくすっぽ判らないうちから、俺を思い遣ってくれていたんだなんて……。
東雲サンは、俺と同じようにものごころ付いた時には母親と二人で暮らしていて、その母親はA子同様に男にだらしのない人間だったそうだ。
そして、A子のクローンのような東雲サンの母親……D美はA子同様に水商売でその日の生活費を稼ぎ、勤め先で知り合ったE郎と同棲するようになった。
C雄と同じようにD美と同棲を始めた途端にE郎は自分で働く事を辞めてしまい、D美の稼ぎだけでヒモ生活をしていたらしい。
昼間は一人でパチンコやその他の賭博にちょこちょこ励んでは、自分の小遣い銭だけは稼いでいたが、それもそうせっせと通っていた訳ではなく、昼間はほとんどアパートの部屋にいた。
C雄とE郎の致命的な違いは、E郎は東雲サンに性的虐待を加えていた…という所だ。
昼間、D美が在宅している時はD美に甘えた声を出し、適当にD美の機嫌を取っては金を出させていたが。
D美が出勤すると、E郎は東雲サンを裸にして幼い身体をさんざんに弄り回し、半ば面白半分でサディスティックに彼の身体をいたぶった。
しかも、ある時E郎が彼に性的ないたずらをしている最中にD美が帰宅したが。
E郎の「柊一が誘ってきたのだ」との言い訳をD美は鵜呑みにして、E郎と一緒にサディスティックな折檻を加えてきた。
児童相談所が来るのが後半日遅かったら、東雲サンの命は危なかった……と中師氏は言っていた。
だが、そうしてようやくの思いで生き延びたとしても、その時の東雲サンがどれほど「喜べたか?」なんて、どうして考えられるだろう。
やはり同じような状況下で救い出された俺は、実の母親からも見捨てられ折檻を加えられた記憶と傷付いた身体とで、生き延びた事に何の喜びもなかった。
俺よりも深く、身体も心も傷付いた東雲サンが、それでもなお「生きていて良かった」なんて思ったとは到底考えられない。
「寮に入って一人でベッドで寝るようになっても、夜中にうなされて起きる事が度々あったよ」
「でしょうね」
相槌を打ちながら、俺は自分の事を思い出し、そしてその記憶を東雲サンに当てはめる事でものすごく胸が痛くなった。
あの恐怖と、目覚めた後の孤独感を、解ってくれるヒトがいるなんて思った事もなかった。
心理士や指導員達はそれなりに同情してはくれたし、国で定められた通りにケアもしてくれていたけれど。
いつまでもその事で心を閉ざし、孤立する俺を持て余していたのも確かだ。
そして結局、俺は誰にも理解されない孤独感を拭えないまま今に至っている。
でも、東雲サンはあの苦しさを知っているのだ。
「一緒の部屋に居たレンは………あの位牌のヤツだけど、ものすごく俺のコトを気にしてくれて。アイツは両親を亡くして引き取ってくれる親戚もなくて、つまりはアイツ自身も寂しかったってのがあったと思うんだけど」
そして同室だった事から、夜中にうなされた東雲サンの手を多聞蓮太郎というヤツは毎回握っていてくれて、酷い時には起こしてくれたりもしたらしい。
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