Serendipity

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 結局、そういう事情もあって自分の事を気遣ってくれた多聞氏に東雲サンも打ち解けて、しだいに旧知の友になっていったそうだ。  そして、その旧知の友が恋人同士になるまでにはさほどの時間も必要なく、寮を出る以前に二人の間にはそうした秘め事が出来てしまっていたのだろう。  E郎にさんざん性的虐待を加えられた東雲サンにとって、他人との性交渉はかなりの恐怖を伴ったはずだ。  それは、A子にオトコの代用品扱いされた事のある俺には、ある程度の想像が付く。  だけれども、結局多聞氏との間にそうした関係を成り立たせ、その行為そのものに対する恐怖を克服したって事は、東雲サンがそれだけ深く多聞氏を信頼し気持ちを寄せていたって証明に他ならない。  でも、そんな唯一信頼出来る相手だった多聞氏は、交通事故であっけなく亡くなってしまった。  その事で東雲サンはかなりのショックを受けて、しばらくは酷く鬱ぎ込んでいたらしい。  現在、あの施設で所長を務めている中師氏は、当時児童相談所の職員として勤めていて、東雲サンに虐待が加えられているのではないか? と危惧して、東雲サンを助け出す為に奔走した人間だった。  つまりは東雲サンの担当官だった中師氏は、施設を出た後も東雲サンの個人的な相談などにも乗っていたりして、当時の東雲サンが酷く荒れていた事も知っているらしい。 「俺が施設を出る時に、夜学の事や就職先の事でもすごく世話になったんだ。俺は中師サンを見て、自分も本当は児童相談所の職員になりたいと思ったんだけど、中師サンは俺には向かないって言ってね。その代わり、今の職に自分が就いた時に、あすこの施設に関係した今の職場を斡旋してくれたんだ。もっとも、あのヒトにとっちゃ俺はずっとガキのままだから、自分の目の届く所においておいた方がイイって思ってるだけかもだけどさ」 「それで、東雲サンはその後、どうしたんですか?」 「うん? レンを亡くした後は、本当に自分が生きている意味もなんにも解らなくなって。……そんな時に、あの施設にハルカがやってきたんだ。…事務の人間は、寮に入っている生徒の事情を知らせては貰えないんだけど。でも、あそこで仕事していれば生徒のプライバシーは無いも同然だからな」 「そういうモンすか?」 「うん。まぁ、ハルカに関しては、ちょこっと知った後にわざわざ俺が調べた部分もあるんだけどな。……なぁ、ハルカ。……このまま眠ったら、明日の朝にはもう目覚めないで済めばいい……って思ったコトあるか?」  彼のその質問に、俺は自分の心の一番奥にある傷に触れられたような、泣きそうというのとも少し違うんだけれど、ものすごく心がざわめき立って焦って狼狽えてしまいたいような気分になる。  ジイッと真剣な眼差しで俺を見る彼に、俺は目線すら外す事が出来なくて。 「あ………ります………。……死んじゃうってのが恐いけど、でも今のこの状況が逃れるにはそれだけがいっそ心の拠り所で………」 「……なんでこんなに強く願っているのに、自分は翌日になっても息をしていて、目が覚めるのかなぁ……って、ずっと思ってた?」 「………はい」  答えた瞬間、俺はもう押さえきれなくて思わず涙を零してしまった。  寄り添ってきた彼は、しばらく黙っていて。 「……俺はな、ハルカ。確かにレンの事をすごくイイヤツだと思っていたし、あの時には唯一で絶対の存在だったけど。…でもレンは、俺の今の気持ちを決して理解してはくれなかった。…というか、解ろうと努力はしてくれたけど、理解は出来なかったよ。アイツは、死別するまでは両親に大事にされていたから。自分自身の生命を自分で断ち切る事も出来ないけれど、いっそ他人の手によって断ち切られる事を望む気持ちなんて解るはずもなかったんだ」  ゆっくり身体を離し、彼は再び俺の目をジイッと見つめてくる。  光に透ける黒い宝石のような瞳は、微かに揺れながら俺を愛しげに見つめていた。 「でも、オマエの履歴を知った時。きっとオマエなら、俺の気持ちを解ってくれるんじゃないかって思ったんだ。それと同時に、オマエもきっと自分の気持ちを理解されない苛立ちに苦しんでいるだろうって。……だけど、オマエも知っての通り俺の職では寮生と個人的に懇意にする事は出来ない。個人的に知り合って、融通と称して平等を欠く事があってはまずいからな。だから俺は、オマエが18歳になって卒園するのをずっと待ってた」 「…もし俺が、さっさと就職先も進路も決めて、自力で独り立ちしてたらどうしたの?」
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