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「それはそれで、良いと思ってたよ。…俺は先刻も言った通り、オマエの将来やオマエ自身をどうこうして、自分に都合の良い相手にしたいとは思ってなかったからな。…ただ、もしオマエが俺と同じように苦しんでいるとしたら、それに対して出来るだけの事をしてやるのが今の俺に残っている唯一の生きてる意味だと思ったから」
手を重ねられて、そうっと力を込められた瞬間。
俺は、ハッとなった。
「東雲サン、もしかして一昨日の夜、俺の手を握ってた…………?」
「先に手を伸ばしたのはハルカだよ。手錠でベッドサイドに繋がれていた俺の手に、オマエの手が触ったんだ」
やっぱり、そうだったんだ!
ただがむしゃらに手を伸ばしただけで、あんな風に指を絡ませるように握る事なんて出来る訳無いと思っていたのだ。
「とにかく、こんなくだらない監禁ごっこなんてしなくても、俺はオマエの手を放したりはしない。……むしろ、俺はオマエを利用したくないなんて言いながら、本当はオマエに甘えようとしているだけなんだ。それが解ったら、もうこんな事は止めにして明日からはちゃんと職場にも学校にも行くんだぞ?」
大人の顔をして俺の頭をポンポンと叩き、彼はそのまま俺から離れていこうとする。
咄嗟に腕を引いて、俺は彼を引き止めた。
「ハルカッ!」
「なんでそんな風に言うんだよっ! 俺はアンタがこんなに好きだって言ってるだろ?」
「バカ。オマエはただちょっと、親切にされたのが物珍しいだけなんだよ。考えてもみろ、オマエの人生はまだたったの18年しか経ってないんだ。この先、勤め先やその他にもいくらも誰かと出会う事はある。今すぐに急いて結論に飛びつく必要はないんだ」
「バカはアンタだよっ!」
俺は彼の肩を掴み、正面から彼の顔を見据えた。
「そっちこそ、考えてもみろよ! アンタは本当に心を開ける相手ってのに出会えたんだろう? レンって言うヤツと、寮生にまでおかしなウワサを立てられるような仲の良い生活してたんだろう? でもそのレンに、アンタは結局一番深い部分を理解されなかった事が不満だから、俺を選んだんだろう? それを理解してくれるアンタをおいて、俺に他の誰を探せって言うんだよっ!」
見開かれた瞳は、信じられないと言った様子でしばらく俺を見つめていたが。
やがてその表情は戸惑いに縁取られた。
「ハル…………」
声に詰まった彼は、そのまま顔を俯けてしまったけれど。
俺が掴んでいる肩が小刻みに震えている事で、彼が泣き出した事に気付かされる。
ゆっくり手から力を抜いて、彼の肩を解放すると。
指先を彼の顎にかけて、俯いた顔を持ち上げる。
震えている口唇にキスをすると、初めて彼は俺のくちづけに応えてくれた。
長い、長い、キス。
それは、これからの時を誓い合う約束のキス。
ベッドサイドに鎖で繋がれた彼を見た時には、てっきり拘束されているのは彼であり、俺は醜い海獣だと思っていたけれど。
何の事はない、拘束され身動きもままならなかったのは俺自身だったのだ。
彼は、ヘルメスの靴を履きメデューサの盾を持った英雄のように俺の頭上に現れ、俺をがんじがらめに縛り付けていた鎖を断ち切ってくれた。
そして、ペルセウスは救った生け贄を娶りハッピーエンドになるのが神話なら、俺と彼もハッピーエンドになるべきなのだろう。
彼の痩せた身体を、俺はなによりも大事な宝物のようにしっかりと腕に納めたのだった。
*Serendipity:おわり*
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