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だが結局メシを食っていたA子と俺の目線が偶然あってしまい、A子が「イヤだ。このコ、コッチ見てるわ」とかなんとか言ったら、食後の一服でタバコをくわえていたC雄は「食事抜きの罰を与えられているのに、反省の色がない」と称してそこに放り出されていた麺棒を取り上げ俺を立ち上がらせた。
なんでそこに調子よく麺棒が放り出されていたのかと言えば、つまりヤツらが外に出掛けた折りに俺を殴打する為の目的で100円ショップ辺りで購入してきて、勝手に「躾棒」なる名称を付けて俺を殴りつける道具として常に使用していたのである。
A子が店に行っている間、暇に任せてC雄が「躾」をしていた後だったから俺はまっすぐ立つ事も出来ず。
それが気に入らないと、C雄が俺の背後から肩めがけて麺棒を振り下ろした。
フラフラしていた俺はC雄が力任せに振り下ろした麺棒を首の付け根辺りに食らい、軽い脳しんとうを起こして倒れた。
その時、俺は「これでもう終わる」と思った。
しかし……実を言えばそう思ったのはそれが最初じゃない。
劇的に愚かなガキだった俺だとて、己の生命の危機ぐらいは感じ取る事が出来る。
当たり所が悪ければ一撃で逝ってしまうだろうし、そうでなかったとしても逃げ場は無い。
酷い暴行を加えられた後の、痛みで眠る事が出来ずにジッとうずくまっているだけ時などは、いっそこのまま次に目覚めなければ良いとすら願った。
だから「これでもう終わる」という気持ちは、正確には「これでもう終わったらいいな」という俺の希望に過ぎない。
だが、その日は本当に「終わり」を告げる日だった。
それが俺の生命の終わりではなかったのが、意外だったが。
倒れた俺のその後の事は、記憶には残ってない。
身体が傾いていく途中、いつもの「これでもう終わったらいいな」を考えながら、反面「立っていないとまた殴られる」と思って恐怖に怯え、それっきりフェードアウトしてしまったからだ。
次に気が付いた時は、病院のベッドの上だった。
医者や看護師、その後にやってきた警察や児童相談所の職員などが教えてくれた話を総合すると。
倒れた俺は、それでも最後の最後に残った本能で「倒れまい」と手を伸ばした。
掴めた物は側に下げてあったA子のコートだったらしい。
結局掴みはした物の、俺自身に俺を支えるだけの意識も残っていなかったし、鴨居にハンガーで引っかけてあっただけのコートに俺の体重を受け止めきれる訳もない。
コートはハンガーと一緒に落ちて、俺の身体はそのまま倒れた。
倒れた先には石油がたっぷり入ったポリタンクが不安定な格好で置かれており、俺が突き当たった事でタンクもまた倒れた。
そんな物が室内に置かれているのも、それがまた不安定に置いてあったのも、だらしがないこの二人にとっては日常だったし、ごく当たり前の状態だった。
そしてまた、その性格の二人ではポリタンクの口をしっかり閉める…なんてマメな事が出来ている訳もなく。
たっぷり入っていた石油は、物がだらしなく散らかりきっている部屋に溢れ出る。
A子はもちろん、驚いたC雄も悲鳴を上げ、そしてC雄の口にくわえられていたタバコが床に落ちたのだから室内は一瞬のうちに火の海になった。
幸い、消防署が早々に駆けつけてくれたのと、アパートの隣近所の部屋の人間が在宅していて(しかも運良く寝入っておらず)そこに設置されている消火器がまともに機能した事によって、A子とC雄が暮らしている一室を焼いただけで火事は治まった。
しかし、火事場から取る物も取りあえず飛び出してきた夫婦(と近所には思われていた)二人は、中に息子が居るというのにその事を誰に言うでもなく責任を取るのが恐くて逃げ出してしまった。
消火が済んで消防署員が室内に入り、初めてそこに子供が倒れている事に気付いたのだ。
病院に担ぎ込まれた俺は、大層な火傷も負っていたが。
火事とは別の火傷や痣も見つかり、どうやら部屋に住んでいた大人が「児童虐待」をしていたらしい……という話になったのだ。
警察…という行政の中でもかなりハッキリとした法の執行官が、まぁかなりの確信を持って「怪しい」と言いだした……となれば、それまで「怪しいかもしれない」と思いつつもなんとなく腰が引けて強気に出られなかった児童相談所とか学校が「怪しかったかもしれない」証拠の数々を上げ連ね、結局夫婦(のように見えた同棲しているだけの男女)の消息を真剣に探し始めたのである。
A子は俺を出産する際に児童相談所に行っていたので、身元の確認は直ぐにもされた。
一方、C雄は生まれながらのロクデナシのような人間だったから、警察に前歴が残っていた。
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