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2、5回目の8月31日
2
「え〜それでは!お手元のしおり『夏の思い出』をご覧くださぁい!」
ご覧くださいも何も僕はすでに目的地へ向けて運転中なので、夏生が隣で一人盛り上がるのを聞くだけだが。北関東の田舎町に住む僕たちは、そこそこの年齢になるととにかく遊び場に困ってきた。車がないと生活できないし(最寄りコンビニ、最寄り駅までは基本車で移動)高校生の頃に進路が決まった生徒から運転免許を取得しても良いとゆう暗黙のルールもある。それほど大きな山があるわけでもないし、元々海もない。そこそこの大きさのショッピングモールはあるけど(もちろん車で移動)一日中いられる規模でもない。なので運転免許証がないほうが珍しいし、高速道路を運転するのも、長時間の車移動をするのも、たいして苦ではないのだ。そう、つまり。
「最初の目的地!とりあえず一番近い海へと向けてレッツゴーで〜す!2時間くらいかなっ!?」
という無茶振りにも『了解』と二つ返事で応えられる。助手席の夏生は『ルンルン』という言葉がこんなに似合うことはないと言える様子だ。コンビニで購入してくれたアイスコーヒーを運転席のドリンクホルダーに差し込む手つきすら浮き足立っている。彼女はそのままのテンションで助手席側のドリンクホルダーにコーラを差し込んだ。
「高速が渋滞するかにもよるけど……急ぎ?」
エッウーン!いや!のんびりでもいいっしょ!と明るく応えながら、彼女は手元の『夏の思い出』をカサカサめくったりまた戻ったりしながらスマホで恐らく交通状況を確認していた。落ち着きがない。多少テンパっているかもしれない。
「海のあとどこ行くんだっけ?」
「エッアッえーっとね、ちょっと買い出ししてから海鮮丼を食べに行く!」
フフッと少し笑い声を漏らしてしまった。
「そうだね、そういえば生魚好きだったもんね。小さい頃よく回転寿司連れてってもらったよね、懐かしい。夏生はサーモンばっか食ってたなぁ」
「懐かしいよねぇ……」
車は高速道路の入り口を通り抜け、関東地方にある太平洋側の海へと向かっている。
「窓閉めるね」
「アッうんごめん」
「Bluetooth入ってるから、なんか聴けるけど……」
グッとアクセルを踏み込み加速する。視界の左端にいる夏生は恐らくハッとして、わたわたとスマホを操作し『そういえば夏生のプレイリスト作ったんだった』と呟いた。
「おっけぇ〜!夏といえばこれだよねっ!」
かかった曲は、学生時代に流行った曲だった。同級生なら誰でもサビを歌えるくらいのとにかく声出して盛り上がるやつ。タオル振り回す系の。彼女はあまり上手くはないけど大きな声でノリノリで歌い始める。タオルがないので代わりにメガホンを回すのがちょっと迷惑だ。よく聴いてると時々歌詞を間違えている。北関東道をひたすら真っ直ぐ南へ、大体90kmくらいの速度で進む。三車線の真ん中を時々車線変更しながら進むくらいが僕はちょうど良い。夏生は『追い越し車線をガンガン行っちゃおうよ〜!』とか言いそうだけど、彼女は隣で自作プレイリストを熱唱していて忙しそうだ。気温が上がってきた気がしてエアコンの温度を下げる。
渋滞にもあわず、1時間半ほどのドライブで、海が見え始めた。
「あ、海か?あれ、あのへん」
「えっえっどこ?どこ?」
助手席で小さい頭がキョロキョロあたりを見渡す。僕の視線の先に広がる明るい青色を見つけたようで、
「う、わぁ〜……!」
とため息のような声を出した。正直少し可愛いなと思った。その時だけ。二人で駐車場を探し、一回千円で利用できる海の家から程近い場所にした。海水浴を楽しむ客で溢れていて、僕たちの数台後ろの車で『満車』の看板が置かれた。
「9時前なのにね〜?みんな私たちと同じで、まだ夏を楽しみたいのかな〜?」
と彼女が車内でいそいそとワンピースを脱ごうとする。
「いや、更衣室行きなよ」
キョトンとした顔で、下に着てるから大丈夫だよ!と笑った。無防備だ。何が夏を楽しみたいのかな〜?だよ、8月31日に海に来るって、もう遊びに行くところがないか一般的なお盆休みとは日程がズレてるかってとこだろ。僕たちみたいなのは他にいないよ。フゥ、と鼻から息を吐いて、僕も僕で下に水着を仕込んでいたのでその場でさっさと服を脱いだ。
「アキラ、行こ!」
僕の腕を掴んで彼女は砂浜を駆ける。揺れる長い黒髪を見ながら、夏生と付き合ってるみたいだなぁと思った。
しばらくはしゃぐ彼女を見て、高波が来たら浮き輪につかまり一緒にずぶ濡れになって、売店に飲み物を買いに行き、日差しが強くなる前にシャワーを浴びて着替えて車に乗り込んだ。
「じゃ!お昼食べに行こっ!わーい海鮮〜!」
彼女はまだまだ元気そうに笑う。良かった。大きな海鮮丼が売りらしい有名店の住所をナビに入力した。昼前には到着するだろう。
「行ったことない店だなぁ。海鮮はなんでもうまいの?」
彼女はスマホで店のホームページを確認している。
「えっとえっと……あっうわぁおいしそう。あのね有名なのは7色丼ってゆう海鮮が7種類乗ってるやつ……だけど、まかない丼ってゆうのが大きいサーモンとマグロが乗ってるみたいでね……」
「サーモンは大事だな」
「サーモンは大事だよねっ!」
彼女が含み笑いをしたのがよくわかった。
30分ほどの運転で店に到着した。その間も隣ではひたすらに盛り上がる夏の名ソングを流してはちょっと歌詞を間違えながら熱唱していた。意外と体力があるらしい。外は37度を超えているようで、エアコンは22度の強風に設定してなんとか凌いでいる状態だった。顔が少し痛い。もう日焼けした。
店はチェーンの居酒屋と和食料理店の間くらいの佇まいだった。敷居が低く、清潔感がある。11時半頃着いたが、すでに何組か外に並んでいた。夏生は、
「メニューはもう決めたから大丈夫っ!任せな!アキラは座ってて!」
と、僕の注文を聞いてもいないのに誇らしげな顔をして見せ、案の定店員に注文を聞かれてワタワタしながら『大キイサーモン、乗ッテルヤツッナンデスケドォ……』と挙動不審に答えていた。彼女は大きなサーモンとマグロのぶつ切りが乗った丼、僕はいくらとサーモンとしらすが乗った丼をそれぞれ注文した。店内は地元のお客さんも多く来店していたようで、にぎやかだった。大きめのボリュームでラジオ番組が流れている。瓶ビールを注文している人も少なくない。座敷も含めて30組は入れそうな広めの店内で、人が一斉に話すと僕たちも頑張らないと会話が成り立たなかった。と言っても僕は運転と強い日差しと空腹とで地味にグッタリしていたからあまり話す気にもならなくなり始めていたけれど。
「あ!きら!あれかな!私たちの!」
予想以上に大きな丼を持った店員がちょっとガサツに『おまちどおさまー!』と真っ黒い丼と味噌汁をドドンと音を立てて並べた。丼だけで20センチはありそうだ。そこから更に刺身がはみ出して垂れている。チラリと彼女を見ると、おいしそーという声とは裏腹に、食べ切れるかなーという不安を感じる表情を浮かべていた。僕は黙って向かい側の丼のサーモンを二切れ取った。そして、自分の丼のいくらとしらすをスプーンですくって返した。
「好きでしょ」
と言って、山盛りのわさびに醤油をかけてから彼女に醤油瓶を渡す。
「……うん」
と口に力を入れて、彼女は頷きこちらに割り箸を渡した。
二人でかなり頑張って食べて、なんとか残さず食べ切った。パンパンの腹をさすりながら、車に向かう。
「次は、コンビニに行きます!そんで……」
「そんで?」
「アイスと、花火を買いまーすっ!いえーい!」
苦しそうにしながらも、彼女は笑っている。
「じゃあ、方向的には実家で」
「うん!よろたの!」
夏生はチョコミントのアイスを買うんだろう。僕は腹がいっぱいすぎてアイスコーヒーくらいしか入らないや。ゆっくりとアクセルを踏み、僕たちは次の予定へと向かった。
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