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3、幼馴染
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もうダメだ〜お腹いっぱい!と食べかけのチョコミントアイスが僕に差し出された。そんなことだろうと思っていたから、アイスを買わなくて良かった。後部座席には何セットかの花火と、100円ライター、小さなバケツがある。帰りはのんびり下道で帰ってきたので、2時間以上かかった。恐らく今年の8月31日がもうすぐ終わる。僕は寄りたいところがあったので、彼女が朝ほどは元気がないけれどでもまだ地味に歌い続ける懐メロヒットソングを適当に聞き流して店を探した。夏生なら疲れたら寝ちゃいそうだけど。
「ごめん、ちょっとトイレ行ってくる」
「おっけーい!」
実家からはそれほど遠くはないスーパーに車を停めて、用を足した。花屋に寄って、ひまわりの花を7本くらい買った。5000円出して、結構お釣りが出てしまったので、カスミソウも入れてもらった。それでもお釣りが出るので、目の前の自販機でコーラとオレンジジュースとアイスコーヒーを買った。車に戻った僕の手元を見ても、彼女は何も言わなかった。
「私、今年花火はじめてかもー!」
と笑うだけだった。僕も、と答えたときに、だろうね!と言われたのはイラッとした。
「で、じゃあ……いい?最後の目的地に行くけど」
フゥ、と彼女は息を吐いた。
「お願いします」
少し、小さな声だった。ゆっくりと、実家のほうへ向かう。
「アキラさぁ」
「うん?」
「夏の思い出しおり、ちゃんと見てたんだね、今年も」
彼女は窓の外を見ている。車は僕たちの実家がある住宅地をゆるりと通り過ぎた。まだ花火をするには明るいなぁ。
「チラッとね」
「へへ、まぁ、そうだよね」
それから彼女は何も話さなくなった。車内は夏の恋の歌が切なく歌われている。助手席からは何も聴こえなくなった。蝉の鳴く声がどんどん大きくなる。影が少しだけ大きく伸びた気がする。
僕たちの幼馴染、間夏生が死んだのは高校を卒業した後、大学の入学式の前日だった。夏生はいつも明るくて調子が良くて、でも人を本気で傷付けるような冗談は言わない奴だった。友達が多くて、みんなが夏生夏生と呼んでは笑って挨拶する姿を今もよく思い出す。振り向いたときのひまわりのような笑顔。ちょっとハスキーな声。華奢なのに食べてばっかりいたっけ。あいつのことを嫌う奴はもちろん、妬む奴もいなかった。そういう対象じゃなかった。だから、夏生が自分の命を自分で絶ったなんて、誰も信じられなかった。努力して努力して、毎日遅くまで塾に通って、その結果受かった大学だったはずだ。あの大学で学びたいと、珍しく真面目に話してくれたのは、夏生のほうからだったのに。入学式の前日、夏生の自室には当日に身につける予定の新品のスーツがかけられ、ワイシャツには丁寧にアイロンもかけてあったらしい。なんで?って誰もが疑問に思ったけど、夏生のお母さんはひどく心を痛めて人とまともに話せなくなっていった。お父さんとは、会えていない。夏生の死の真相は、誰にも分からないまま、もう5年が経つ。
僕たち二人は、夏生の墓参りに来た。去年も来た。
「まだ夏生?」
と聞くと、彼女は、
「もう夏帆でいい……」
と静かに呟いた。
彼女の名前は夏帆。僕たちは三人、仲の良い幼馴染だった。特に夏生と夏帆は姉妹のようで、名前の漢字に同じ夏を使っていることをお互いに気に入っていた。夏帆のほうは特に、夏生に対して憧れに近いような感情を抱いていたようにも思う。
夏帆は、夏生の墓を見た瞬間に泣き出した。夏生の墓に、山のような線香があったからだろう。誰が何人来たのかは知らないけれど、5年たった今でも彼女を想っている人がこんなにたくさんいるんだ。
「なんかさ……」
夏帆はグズッと鼻をすする。
「命日じゃなくて……誕生日にみんなお線香あげに来るところが……いいよね……」
「うん……」
気を抜くと僕まで泣き出してしまいそうだ。夏生は愛されていた。いや、愛されている。
夏生の誕生日に出かけるようになったのは、最初は偶然だった。夏生が亡くなってほぼ半年、たまたま夏帆とすれ違ったときに、その青白い顔を見て不安になり、無理矢理海に行ったんだった。夏帆は夕方で人気のない海でポロポロ泣いた。それが8月31日、夏生の誕生日だってことには、後から気付いた。2回目の8月31日は、意図的にその日に夏帆の家まで行って、ちょっと遠くにかき氷を食べに行った。そしたら、メニューにチョコミント味があって、全然乗り気じゃなかったけど夏生が好きだった味だからと二人で食べてみて、やっぱ美味しいとは思えないねって話したのを覚えてる。3回目の8月31日は、墓参りで会った。『命日じゃないじゃん』ってお互いに突っ込んで墓の前で笑った。4回目の、去年の8月31日。夏帆は1週間前に連絡をしてきた。『8月31日、なんも聞かずに1日空けといてよ』というメッセージに『了解』と返した。そしたら当日の朝、まるで夏生のようなハイテンションの夏帆が自分のことを夏生と名乗り、夏生が行きたがりそうな場所を書いたしおりを持って、早朝自宅に現れたのだった。なんにも聞かない約束だから、僕はそのまま夏生の夏帆と1日過ごした。そして、予定の最後の墓参りに来たとき、夏帆は声をあげて泣いた。
僕と夏帆は夏生の墓の前で花火をやり始めた。寺の住職が見たら多分かなりしっかり怒られると思う。夏帆はどう思っているかわからない。でも、僕は来年の8月31日まで生き延びるために、ここで花火をして夏生のことを夏帆と話していたい。あたりは薄暗いけれど、花火から出る煙と火花が夏生の墓を照らしていた。パチパチと火薬がはじける音が響く。ふわふわのぼる白い煙が、空にいる夏生にまで届けばいい。
「ねぇ」
「なぁに」
「来年もその、なんてゆうか……その感じで来んの?」
夏帆はちょっと怪訝そうな顔をした。
「だめなの?」
「だめじゃないけど……夏帆、もうちょっと夏生の練習しときなよ。なんかボロ出てたけど」
「うるさいなぁ!じゃあ来年はアキラがやってよ、ちゃんと夏生の好きな曲でプレイリスト作ってさ、好きな食べ物のお店調べてよ!」
ははは、と笑い声が出た。夏帆の一生懸命で時々から回るところは好きだ。夏帆もつられて笑った。煙が目に入ってしみる。大丈夫、きっと、来年も三人で笑える。夏生の前には汗をかいたコーラが蓋を開けて置かれている。
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