夏の終わり、ラストラン

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 ラストラン……  華やかさと寂しさを合わせ持つ言葉。  一世を風靡し、もてはやされ、それが日常になり、注目されなくなる。そして、いつしか翳りを見せ、やがて引退の時を迎える。  しかし、この日、この時だけは、再び主人公になれる。  ホームには、全国から集まった鉄道ファン。そして、マスコミやジャーナリストからの眩しいフラッシュ。  感謝と惜別の涙に見送られながら、華々しく出発していくラストラン。  そんな最後を迎えられる列車は幸せだ。でも……  8月31日。  光次郎は、故郷のR村に近い、A町の駅のホームにいた。  この日をもって、超赤字区間である、A駅とR駅との間が廃止になるのだ。  夕方6時。 『パーン』  出発の警笛を響かせた、一両編成の汽車は、光次郎と、他に数人だけの乗客を乗せ、「ウーン」という唸りを上げ、出発した。  A駅からR駅へ、30分ほどのラストラン。  窓を開け、顔を少し出し、夕陽をバックに遠ざかっていくホームを見る。ディーゼルエンジン独特の煙の匂いが郷愁を誘う。  ホームには見送る人もいない……と思われたが、一人だけ姿があった。  ホームの一番端に立っているその人は、制服を着た駅員。  敬礼をした後、脱帽し、真っ白な頭を深々と下げ、カーブで姿が見えなくなるまで見送ってくれていた。  還暦目前の光次郎が今日、会社を休んでまでこのラストランにやって来たのには、理由があった。  生まれてから高校を出るまでを過ごした、R村。  山間の寒村の少年にとって、この鉄道は、未知の世界へと続く夢の道だった。  中学生になると、友人三人で連れだって、A町まで汽車の旅をした。  そこで、映画を観たり買い物をしたり。レストランで昼ごはんを食べたり。  街で過ごす時間は、少しだけ大人になれたようで、楽しかった。
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