夏の終わり、ラストラン

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 一人旅となった光次郎は、これが見納めという気持ちで、窓の外を流れる景色を眺める。  汽車は、思い出のK駅を後にし、さらに、一つ、二つ、駅に立ち寄っていく。  そのうちに、一人、また一人と客が降りていった。  そして残すは、終着のR駅。その頃には、車内の客は、光次郎の他に、高齢の男性が一人いるだけになった。  クロスシートに座り、窓の外を食い入るように見ているその老人のオーラに、光次郎は、自分と同じ心情を感じて、声をかけたくなった。 「すみません。こちら、お邪魔してもよろしいでしょうか?」  向かいのシートを指差して遠慮がちに尋ねる光次郎に、目を向けた老人は、 「ああ、どうぞどうぞ」  人懐っこそうな笑顔で歓迎してくれた。 (あれ……?)  シートに腰を沈めながら、その笑顔に、光次郎はある人の顔を重ねていた。 「どちらからですか?」  光次郎の格好に、旅人だと思ったようで、老人がそう聞いた。 「東京からです」 「ほう、東京から……」  老人は、驚いた!という表情になって、 「また、東京の人が、なんでこんな田舎に?」 「故郷がここなんですよ」  そう言って、光次郎は視線を外に向けた。 「ええ、そうなんかい……」  老人は、少し感慨深げな目を光次郎に向け、 「それでわざわざ、乗りに来たんか?」 「……そうです」  頷きながら、老人を見た。 『パーン……』  警笛が鳴った。  遮断機も警報機もない、小さな踏切を通過する。 「あっ、私の母校が見えてきましたよ」  光次郎がそう言って、窓の向こうを指差す。  オレンジ色に染まる、二階建ての小さな校舎は、50年ほど前に通った小学校だ。  と、突然、 「緑の山を 流れ来る Rの川の 岸に建つ……」  遠くに見え始めた校舎を見ながら、老人が歌い始めた。 (……R小の校歌!)  忘れもしない、その歌詞とメロディー。 「……我らがR小学校」  光次郎も、声を合わせて歌った。  老人が光次郎を見て、目を細めながら、 「あなた、ここの卒業生かね?」 「そうです……」 (もしかして、あなたは……)  さっきから浮かんでいた思いを投げかけようとした時、 「おう、あれは……」  外を見ていた老人が声を上げた。  光次郎も目を向けると、汽車は、R小学校の前にさしかかっていた。 その校庭に、一枚の横断幕と、10人ほどの人々が見えた。
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