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『R鉄道、100年間、ありがとう』
手書きでそう書かれた横断幕を持った、大人や子供たちが、こっちに向かって大きく手を振っている。
「この小学校も、来年の春に、廃校になるんだ」
目で追いながら、老人がポツリとそう言った。
「えっ……そうなんですか?」
「……」
老人は、黙って頷いた。
間もなく汽車は、ゆっくりと、終着のR駅に到着し、100年にわたる役目を終えた。
降りる客は、光次郎と老人の二人だけ。駅員以外に、出迎える人もいない。ラストランとは思えない日常、と言うより、寂しさだ。
その駅員が、降りてきた運転士に「お疲れ様でした」と声をかけた後、老人のところにやって来て、声をかけた。
「山地先生も、お疲れ様でした」
(やっぱり!)
さっきの思いが間違いではなかったと確信した光次郎は、
「やはり、山地先生だったんですね?」
今、目の前にいるのは、6年の時の担任の先生だったのだ。
「……君は?」
「仲根です。仲根光次郎」
「ああ、仲根商店のところの!」
山地先生は、ぱぁっと笑顔になって言った。
「そうです」
光次郎の両親は、畑をやりながら、小さな小売店を営んでいた。
生活に必要なひと通りの物を扱っていたので、小さな村では貴重な存在だった。
「君も、よく頑張っていたね」
山地先生はそう言って、柔和な表情で光次郎を見る。続けて、
「店番をしたり、ご両親と一緒に裏の畑を手伝ったり」
「……はい」
「いつか、こんな大きなサツマイモをくれたっけね。僕が畑で採ったんだ、って言って」
そのことは、光次郎もよく覚えている。
自分で掘り起こしたことが嬉しくて、次の日、大好きな山地先生に持っていったのだった。
「もらった日に、さっそく女房と二人で食べたんだけど、美味しかったよ。半分は焼いて。もう半分は天ぷらにしてな」
(そんなことまで、覚えていてくれたんだ……)
そのことが嬉しくて、思わずウルッとしてしまった。
駅の外へ出た所で、光次郎は、
「今度、同窓会、やりましょうよ」
山地先生に言った。
「おう、いいね」
「できれば、廃校になる前に」
「そうだな。ワシもいつまでこの世にいられるか、わからんからな」
「やめて下さいよ。縁起でもない」
「でも、そろそろワシも、人生のラストランってところだからな」
そう言って、今年90歳になったという山地先生は、「はっはっは」と大きな声で笑った。
二人の前には、小さな花壇。
そこに咲いているたくさんの秋桜が、吹き抜ける乾いた風とともに、夏の終わりを告げていた。
(完)
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