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翌日、私は文句を言うためにアパートを紹介した不動産屋に行った。部屋に憑りついた女がいなくなったとしても、殺人のあった部屋に住み続ける気にはなれない。
私の剣幕に驚いた若い不動産屋の社員は青くなって奥の部屋に飛んでいった。
しばらくして姿を現すと、ぺこぺこと平謝りに謝った。
「別に隠すつもりはなかったのですが、あえてお知らせする必要もないかと勝手にこちらで判断してしまいまして」
「普通そういったことは事前にきちんと話すでしょう」
私にとっては普通の人以上に重大なことなのだ。
「しかし、どこでそのことをお知りになったのですか? ご親族の御意向でそのことは内密にということになっておりましたので、もし差し支えなければお教え願えませんか?」
不動産屋の若い社員はおずおずと私に尋ねた。
まさか以前に住んでいて殺された本人から直接聞いたとは言えない。
「ネットで色々と見ていて」
「そうですか。ネットで何でも調べられますからね。それで今回、お客様には大変にご迷惑をおかけしてしまったということで、今度は特別価格の物件をご紹介させていただけることになりました。一軒家なのですが、他のお客様には出せない大サービスの特別価格でのご提供になります」
「何だか怪しいテレビショッピングみたいだな」
「いえいえ、平屋ですが、築四年の公園に面した日当たり良好の優良物件です」
そう言って若い男は間取り図と礼金敷金家賃などを記載したパソコンの画面を見せた。
「いくら特別といっても、一軒家でこんなに安いってのは訳アリ物件じゃないの?」
私は用心して尋ねた。
「もちろん訳アリです。と言っても、この前のアパートのような事はありません。四年前に家主さんが家族三人で暮らせる家を、ということで建てたのですが、すぐに北海道へ転勤することになり、転勤先から帰ってくるまでの間という条件で借家として貸し出すことになったのです」
「家賃がこれほど安い理由は?」
「実は、あまり大きな声では言えませんが」
そう言って男は声を潜めた。
「家主さんはこちらに戻ることが決まったらすぐに自分の家に入りたいということです。ですから急に立ち退いてほしいと言われてすぐに立ち退いていただける方というのが入居条件であり、家賃が安い理由でもあります」
「わかりました。家を見せてもらってもいいですか?」
「もちろんです。今支度をいたしますので」
「ちょっとその前にひとつだけ確認しておきたいんだけど、今までそこを借りていた人はいたの?」
「お一人いました」
「その人はなぜそこを出ていった?」
「お勤めの会社の経営が思わしくなくなって家賃が払えないということで」
「まだ生きている?」
「は?」
そこは私にとって重要なことだった。また前の住人が枕元に出てこられたのではたまったものじゃない。
「もちろんです。その後、別のアパートを当方でお世話しました」
「わかりました。行きましょう」
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