旅立ち

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 ファミレス……? ああ、日本を発つ……前日、確か娘とふたりで……。  忙しくて本当に大変な時に……。  娘が、どうしてもお子様ランチを食べたいと駄々をこねるから……少し遠いけど、ファミレスまで来たんだった。  ……そうだ。それなのに。  娘は運ばれてきたお子様ランチを見て、しばらく黙り込んでいた。 「どうしたの? 食べたかったんじゃないの?」早口で責めるように私は言ってしまった。  その言葉に過敏に反応して一口も食べずに「ちがうっ! こんなのお子さまランチじゃない。ハタがないんだもん!」と大声で言い、食器ごとひっくり返した。  ガシャーン!  食器は床に盛大な音をたてて落ちた。  私は目を見開き、カッとなって娘の頬をはたいた。 「なにしてるの!」  一瞬の沈黙の後、娘は悲鳴のような甲高い声で「……ママなんか、ママなんか! 大っきらいっ!」と叫んだ。  静まり返える店内。  全員が非難の目でこちらを見ている。……気がした。 「ご、ごめん。ごめんね!」私は慌てて言う。  駆け寄ってきた店員に「すいません! 大丈夫です! すいません……」  この最悪な状況を、なんとか繕おうとするためだけに必死に謝った。  私は……娘に謝っていなかった。  世間体を気にして言っていた……だけだ。  ……もっと、ちゃんと目を見て、謝らなきゃいけなかった。  もっと、心を。私の気持ちを話せば……良かった。  子供だと思って、こっちの事情なんて理解できないと思って。  話す事を……おろそかにしてしまっていた。  あの時、娘の気持ちを考えてあげられる余裕がなく、自分の事も満足に出来ていなかった。  仕事に、離婚に、諸々の手続きに、と目まぐるしい毎日。  明日からは仕事で慣れない海外に行かなければいけない事に、ストレスが溜まりに溜まっていた。  グチャグチャだった……床のお子様ランチも。私も。
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