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「あの、すみません」遠慮がちな声が聞こえた気がして、ハッと我に返る。
瞬きを数回して、はい? と答える。
「すみません、お膝の……」少女の母親が申し訳なさそうに、私の膝の上にある果物の形のおもちゃを指さしている。
「あ、ああ! はい。どうぞ」すぐに隣の少女に手渡す。
「ありがとう!」少女は元気な声でお礼を言ってくれる。娘の姿と一瞬被り、息をのむ。奥の席で母親がペコリとしていた。
窓の外に視線をむけると雲の隙間から輝く海が下に見える。
もうすぐだ。もうすぐ日本に帰れる。娘に会える。
大丈夫、会ったらきっと元通り。
喧嘩したことも忘れて、抱きしめられる。
柔らかく私よりも高い体温の娘を。
……今頃、日本は春の盛りだろうな。早く帰りたいな。
「……シートベルトをしっかりとお締めください。これからしばらくの間、乱気流のため揺れることが予想されます」
アナウンスの途中で目が覚めた。ガタガタと揺れて不安な声があちこちから聞こえる。覚めきってない目をこすり、おぼつかない手でシートベルトを締める。
隣の親子もシートベルトを締め、怖がっている少女に寄り添い母親が頭をなでながら言う「大丈夫だよ、楽しい事考えよう? 日本についたら何したい?」
聞こえてきた会話に私も自然と心の中で答える。
日本についたら、桜を……ガタタ! ひと際大きく揺れる。
「きゃあ!」
少女の悲鳴と共に私も目を強く瞑る。
急に体が浮きあがりゾッとした。
上から一斉に酸素マスクが落ちてくる音と共に頭に軽く衝撃があった。
目を瞑っているにも関わらずピカッと閃光が瞼の裏に走る。何が起こっているのかわからない。
悲鳴と怒号の間をぬって客室乗務員の懸命な叫びが聞こえた。
私はその声の言われた通りに脚の間に頭を入れる。一瞬だけ片目を開けると、機内は電気が消え白黒の世界になっていた。
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