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断念
海外出張に旅立つ日の朝。
娘に、行ってくるねと私は玄関で両手を広げて抱きしめようとしたけれど、娘は私の両親の後ろに隠れて出てこなかった。
「ホラ、お母さん行っちゃうよ」
「いい! おばあちゃんがいるから、いいもん!」そんな風に拒絶されて切なく下唇をかんだ。
2週間だけ……すぐ帰るし、帰ったらまた毎日娘と一緒にいられるんだし、と自分になんとか言い聞かせ、納得した。
「……わかった。いい子にしてるんだよ。行ってくるね。じゃあ、お父さんお母さんよろしくね」溜息をつきながら、そう言って出発したんだった。
この時も……もっと、ちゃんと向き合えばよかった。
伝えられる時に言わなきゃいけなかった。
『あ、会えなくなるなんて……思いもしなかった』
心臓を握りつぶされたような痛みに襲われた。
私も……私も、会えなくなるなんて、思わなかった……。帰れるはずだったのに……ごめんね。
こんな形であなたを置いていってしまって……ごめんね。
『ママ……ママ? ちゃんと、抱きしめても、らえば、よかった……私』
「私も! 私もだよ! 嫌がられても、無理やりにでも、抱きしめればよかった」だって帰国したら一番に! すぐに。
娘を、桜を……抱きしめる。そうするつもりだった。
ずずっと娘は鼻水をすすりあげて、少し明るい調子の声で続けた。
『ずっと、後悔はすると思う。でもね、私。頑張る……大丈夫だから、ね。ママ』
自分のことばかりで娘の気持ちに気づけなかった私も、ワガママをいって気をひこうした娘も、お互いに意地を張っていた私たちも。
娘とのすべての日々が私の中で海のように寄せてはかえす。愛しさも喜びも、苦しさも、未練も……。
私の娘は大丈夫……そう言った。はっきりと。
強くて優しい子。
私の知らない五年の歳月はあなたをどんな風に成長させたのだろう?
知りたかった……。一緒に未来を見ていたかった。
私、私は……。
急に不安を感じて足元がグラグラと揺れた。
怖い。ひとりは怖い。
『ママ、大好きだよ! ずっと忘れない』
「私も……大好きだよ。桜……」
桜、まだ一緒にいたい。
どうして私は……。悔しい。何故、私は生きられないの?
誰のせいなの?
どうして私だけ、こんな目に……。
グルグルと恨みつらみが頭の中を駆け巡る。
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