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「でもこの服はやめちゃいけませんか? こう、きゅうっと首が締めつけられて、窮屈でかなわないんです」
縲は少し顔をしかめ、洋装の首もとを軽く押さえた。
田友がぎょろりと目をむいた。
「ばかが、中身からっぽな奴が外身を飾らんで何ができる。おまえがそのなりでいればこそ、少なくとも金には困らん程度の身上だろうと思ってもらえるんだ。着てろ。ただし汚すな。洗濯代がかかる」
(無茶言って!)
それでもここで田友に逆らうわけにはいかない。
御一新の混乱期も乗り切って小商いで身を立ててきた父と母、平凡ながらも幸せな一家に生まれ育った縲だが、そろそろ縁談の相談も出ようかというころに、一家の幸せは突如として消え失せた。
縲はひとり、わずかな伝手をたどって女中働きに出た。
そして何軒目かで世話になった女主人が、この坂松田友の妾だった。
ある日、勘定をごまかそうとした羅宇屋をやりこめた縲を、たまたま田友が見かけた。
──おまえは口が達者で気が強い。どうだ、女中なんかよりよっぽど面白い仕事をやりたくはないか? 男より女のおまえのほうが、先方も気を許すだろう。
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