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女中たちも仕事を終えたころ、寝間着に着替えた縲は客室のバルコニーに出た。
いくらか欠けた月が空に出ていた。
十子の部屋が隣だということは知っている。
分厚い壁にはばまれて彼女の気配はまるで感じ取れないが、張り出したバルコニーからは彼女の部屋のバルコニーが見える。
縲はそちらの手すりに足をかけた。
「──何やってんだ!」
ひそめながらも鋭い声が下から聞こえて、縲は目をやった。
夜間作業中だったらしい尤雄が駆け寄ってきた。
縲は眉をひそめた。
彼が働き者なのは結構だが、なぜこんなときに行きあわせるのか。
とはいえ、見つかったのが彼なら大丈夫だ。
「だって十子さまと会わせてもらえないんだもん。それにひどいんだから、客室に鍵かけられたのよ、鍵!」
「だからっておまえ、まさか──」
縲は視線を戻し、十子の部屋のバルコニーを見据えた。
(飛べる!)
着物よりずっと脚が自由な寝間着の裾を軽く持ちあげ、勢いよく手すりを蹴る。
「!」
大きく息を呑んだのは、縲だったかそれとも下の尤雄だったか。
ふわりと一瞬の浮遊感のあと、つま先が冷たいタイルの感触をとらえた。
次の瞬間、縲は十子の部屋のバルコニーに落ちるように着いていた。
(痛……)
したたかにぶつけた右ひざをさすりつつ、縲はバルコニーの下の尤雄に手を振った。
それからそうっと窓を叩いた。
「……十子さま? 縲です」
二度目に叩いたとき、カーテンが引かれた。
目をみはった十子の顔が、月明かりに現れた。
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