3 事件の幕開け(3)

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 女中たちも仕事を終えたころ、寝間着に着替えた縲は客室のバルコニーに出た。  いくらか欠けた月が空に出ていた。  十子の部屋が隣だということは知っている。  分厚い壁にはばまれて彼女の気配はまるで感じ取れないが、張り出したバルコニーからは彼女の部屋のバルコニーが見える。  縲はそちらの手すりに足をかけた。 「──何やってんだ!」  ひそめながらも鋭い声が下から聞こえて、縲は目をやった。  夜間作業中だったらしい尤雄が駆け寄ってきた。  縲は眉をひそめた。  彼が働き者なのは結構だが、なぜこんなときに行きあわせるのか。  とはいえ、見つかったのが彼なら大丈夫だ。 「だって十子さまと会わせてもらえないんだもん。それにひどいんだから、客室に鍵かけられたのよ、鍵!」 「だからっておまえ、まさか──」  縲は視線を戻し、十子の部屋のバルコニーを見据えた。 (飛べる!)  着物よりずっと脚が自由な寝間着の裾を軽く持ちあげ、勢いよく手すりを蹴る。 「!」  大きく息を呑んだのは、縲だったかそれとも下の尤雄だったか。  ふわりと一瞬の浮遊感のあと、つま先が冷たいタイルの感触をとらえた。  次の瞬間、縲は十子の部屋のバルコニーに落ちるように着いていた。 ((いった)……)  したたかにぶつけた右ひざをさすりつつ、縲はバルコニーの下の尤雄に手を振った。  それからそうっと窓を叩いた。 「……十子さま? 縲です」  二度目に叩いたとき、カーテンが引かれた。  目をみはった十子の顔が、月明かりに現れた。
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