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「ましゅまろ?」
縲はぎこちなくくりかえした。
十子は自然と微笑んでいた。
「ごめんなさい、ちょっと昔を思い出しただけ。それより、わたしに聞きたいことがあるのでしょう?」
「そうなんです! 女中頭さんと執事さんが、互いに互いを火つけ犯だって疑ってるみたいなんですけど、十子さま──」
そのとき不意に、それこそ昔がよみがえったかのようないたずら心が湧いた。
十子はすぐ隣の縲をじっと見つめた。
「待って。いまだけわたしのこと、友達だと思って話してくれないかしら。十子って呼んでみて」
縲が目を真ん丸にした。
表情がよく動く彼女は、どこか当時の学友を思い起こすところがある。
もう少しだけでいいから、幸せだった記憶にひたっていたい。
そう悪いことではないのだしこれくらいは望んでもかまわないはず、ともうひとりの自分に言い訳して、十子は追撃した。
「男爵令嬢がとかなんだとか言い出したら、話したくないわ」
「ええ!? あの、でも、ほら──」
十子は唇の前に指を立て、当時よくやっていたように片目をつぶった。
「あなたがここに来たことも内緒、わたしがすることも話すことも内緒、これでおあいこにしましょう」
縲は十子を見つめ返したまま、困り果てたようにぎゅっと眉をひそめた。
「……まさか、こんな妙ちきりんなこと言い出す人だなんて」
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