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「あ、朝、牛乳配達を待ってたときに、男の人がこれを渡してきたんです。お嬢さまにとってとても大事な内容だから、絶対にほかの人には知られないように直に渡せって。わたし、怖くっていやだって言ったんですけど、でもその男の人、二十銭銀貨も押しつけてきて。お嬢さまにお茶の淹れ方を練習しろって言われたって言えば、誰も怪しまないからって」
十子は宛名書きに目を走らせた。
江那堂十子殿、と堂々としたためられた宛名の筆跡は、これが漢語のひとつであれば書家の作品として飾れそうなほどにのびやかで流麗だった。
こんな筆跡の人物は記憶にない。
「わわわたし、よかったんでしょうか、悪いことしてないでしょうか、銀貨も受け取ってしまってよかったんでしょうか」
とりあえず女中を落ち着かせるために、十子は優しく微笑んだ。
「大丈夫よ、あなたは正しいことをしたわ。銀貨も取っておきなさい。でもこのことは、クメには内緒にしておきなさい」
女中はほっと頭を下げ、出ていった。
十子は急いで封を切った。
手紙は短かった。
『阿古村縲は偽探偵也』
十子はまばたきも忘れて見入った。
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