4 うずまく疑い(2)

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4 うずまく疑い(2)

 使用人たちの朝食もすんだころ、階下から言い争いが聞こえてきた。  自室にまで届くクメと駒藤(こまふじ)の声に、十子(とおこ)は大きなため息をついた。 「──駒藤!」  扉を開けて、あえて直接呼ぶ。  言い争いが途切れ、早足で駒藤がやってきた。  顔が赤いのは急いだからというより、先刻までの言い争いが原因だろう。 「午後、丙子(へいし)銀行へ行きます。準備をお願い」 「……かしこまりました」  駒藤はさらに顔を赤くし、礼をして下がった。  たしかに、洋行中の父のあれこれや投資の確認など、銀行にはそのうち行こうとは思っていた。  ただ、それが今日である必要はまったくない。  先方の都合を問い合わせ、それから訪ねる日取りを決めても十分だ。 「……ひどいわがまま」  十子は自嘲の息をこぼした。  連絡を受けた銀行のあわてぶりの予想はつく。  いつもの自分なら、絶対にこんなことはしなかった。  だがたとえ先方にとっても迷惑でも、今日はどうしても出かけたかった。  十子は窓辺に寄った。  庭先で話す(るい)尤雄(あやお)の姿はいまは見えない。  それぞれの仕事に戻ったのか、あるいはここからは見えないどこかで一緒に──。  ──阿古村縲は偽探偵也。  不審な手紙の流麗な文字が、十子の脳裡によみがえった。
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