4 うずまく疑い(2)

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       § § §  江那堂(えなどう)男爵邸の厩舎の上に、日は傾きつつあった。  本来こんな裏手に来ることはない男爵令嬢の姿に、馬丁たちがぎょっと手を止める。  楓次が馬車輓鞍(ばしゃひきぐら)を肩にかついで運んできた。  十子に気づくと、彼は露骨に面倒そうな顔になった。 「なんかお急ぎのようですみませんが、もうちょっと待っててもらえません? ちゃんと車寄せまで回しますんで」  使用人にあるまじき態度だが、十子はこの種のことは気にならない。  むしろ手間がはぶけてありがたいくらいだ。 「その時間がなければ、もっと早く発てるでしょう?」  かしこまりました、と言いつつ肩をすくめ、楓次は馬車の準備に戻った。  十子はぼんやりと、遠く浮かぶ富士山に目をやった。  昔、窓に同じような姿を見ていた子供部屋の記憶がよみがえる。  二階の角で夕日がまぶしい部屋だったが、いまとなっては失われた日々への懐かしさが先に立つ。 「──準備できました、どうぞ」  呼びに来た楓次の声に、十子はわれに返った。  第一御者はすでに御者台にいて、楓次が踏み台を差し出した。  いつものように馬車へ入ろうとした、そのときだった。 「うわっ!?」  御者の声と同時、馬車が激しく動いた。  十子は投げ出された。 「危ない!」  とっさに楓次が支えてくれたものの、ずきりとした激痛が足に走る。  経験したことのない痛みに、反射的に涙がにじむ。  がらがらと遠ざかる蹄と車輪の音と御者の声が頭に響いた。
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