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§ § §
夕空の下の厩舎ではあわただしく働く者たちの姿があったが、不自然に静まっている。
空気がどことなく緊張感に満ちていた。
しかし縲はかまわず、手近にいた馬丁に尋ねた。
「十子お嬢さまのご依頼で調査してるの。問題の馬はどこ?」
と、後ろから声をかけられる。
「ああ縲さん、ご苦労さまです」
楓次だ。
避けたいときもあるが、いまはおしゃべりな彼がありがたい──軽く喜びながらふりむいた縲は、次の瞬間ぎょっとした。
「その顔!」
唇の端が切れていてそのあたりは紫色に変わり、しかも少し腫れている。
彼は軽く肩をすくめた。
「上役に一発食らっただけですよ、ご心配なく」
「事故のせいで?」
「ええ。馬が暴れたのは、おれが持ってきた輓鞍が悪かったってことになるみたいです」
「……でも、違うんでしょ?」
「おっ、さすがですね。馬にくわしいんですか?」
「そういうわけじゃないけど」
楓次の笑顔が少しぎこちないのは、やはり顔が痛いらしい。
上役の決めつけに反論しようとして殴られたのか、そもそもそんな暇も与えられなかったのか。
縲は腹が立った。
(どいつもこいつも、どうしてここのお屋敷のお偉いさんにはろくなのがいないのよ!)
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