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「──宮芝! また怠けてやがるな!」
ひゅっと風を切る音がして、縲はまたふりむいた。
鞭を手にした中年男が、縲をうさんくさげに見てきた。
楓次と同じ御者の制服を着ている。
「あ、こちら探偵の阿古村縲さんです。現在当家の事件を調査中でして」
楓次がすかさず紹介してくれた。
御者は一瞬ひるんだ。
だがすぐに居丈高な態度に戻る。
「なんだい嬢ちゃん、何かここに問題でもあるってのかい?」
縲の腹立ちがさらに強くなる。
軽く顎をあげ、正面から御者を見据えて言い放つ。
「いままで起きたことのないことが起きたんなら、問題があるのは当たり前じゃないですか。あなたが事故当時の御者ですよね?」
「おおそうだ、そこのとうしろうとは年季が違わぁ。ありゃ鞍に何か入ってて驚いたんだ」
「……馬車馬ってものは、鞭で打たれたってあんないきなり駆け出しやしませんけどね」
隣でぽそりと楓次がつぶやいた。
小さな声だったが、十分だ。
彼の意見を受けて、縲は御者に言った。
「じゃあ訊きますけど、鞍に何が入ってたらこんなことになったと思うんです? 馬ですよ、鞭で打たれたってそんな急に動きやしないのに」
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