4 うずまく疑い(2)

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 縲は声をあげた。  裏手口へ走って邸内に入り、二階へと駆けあがる。  カーテンを閉めてまわったり清潔なクロスを運んだりと、女中たちが忙しくしている。  縲は開いた窓から身を乗り出して階下を見た。  楓次が手を振ってきた。 「──手鏡、持ってません?」  近くにいた女中に頼む。  彼女は持っていなかったが、彼女が声をかけた同僚が手鏡を貸してくれた。 「楓次さん、そこでしゃがんかく(・・・・・・)つけてみて!」  まだ空に残る日を鏡に受けて、階下の楓次をねらってみる。  凝縮された光がさっと楓次の鼻先を照らして、彼はまぶしそうに顔をあげた。 (これなら、誰にも気づかれずに馬だけを驚かせられる)  縲はふりかえり、見物している女中たちに尋ねた。 「手鏡を持ち歩いてる人って、どれくらいいます?」  また妙なことを始めたという顔をしながらも、女中たちは自分たちの仲間の名前をあげていった。  クメの名前も出た。 「古くさ──ああ古い懐中鏡(かいちゅうかがみ)ですけど。でもこの前、近ごろはいい鏡()ぎ職人がいないって文句つけながら出してたから、いまは持ってないと思いますよ」 「ほかにはいません?」  女中たちの話はだんだん意地の悪い噂へと変わっていく。  台所女中の誰それが色気づいて小間物屋から買っていた……下男の誰それが後生大事に持っていた……くすくす笑いながら、ひとりが言った。 「そういえば、執事の駒藤さんも持ってるのよ。一生懸命髪をなでつけてたの見たわ」  縲は目をみはった。
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