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縲は声をあげた。
裏手口へ走って邸内に入り、二階へと駆けあがる。
カーテンを閉めてまわったり清潔なクロスを運んだりと、女中たちが忙しくしている。
縲は開いた窓から身を乗り出して階下を見た。
楓次が手を振ってきた。
「──手鏡、持ってません?」
近くにいた女中に頼む。
彼女は持っていなかったが、彼女が声をかけた同僚が手鏡を貸してくれた。
「楓次さん、そこでしゃがんかくつけてみて!」
まだ空に残る日を鏡に受けて、階下の楓次をねらってみる。
凝縮された光がさっと楓次の鼻先を照らして、彼はまぶしそうに顔をあげた。
(これなら、誰にも気づかれずに馬だけを驚かせられる)
縲はふりかえり、見物している女中たちに尋ねた。
「手鏡を持ち歩いてる人って、どれくらいいます?」
また妙なことを始めたという顔をしながらも、女中たちは自分たちの仲間の名前をあげていった。
クメの名前も出た。
「古くさ──ああ古い懐中鏡ですけど。でもこの前、近ごろはいい鏡磨ぎ職人がいないって文句つけながら出してたから、いまは持ってないと思いますよ」
「ほかにはいません?」
女中たちの話はだんだん意地の悪い噂へと変わっていく。
台所女中の誰それが色気づいて小間物屋から買っていた……下男の誰それが後生大事に持っていた……くすくす笑いながら、ひとりが言った。
「そういえば、執事の駒藤さんも持ってるのよ。一生懸命髪をなでつけてたの見たわ」
縲は目をみはった。
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