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1 謎めいた男爵家(3)
数日後。
縲はまたしても洋装に身を包み、茶会に出席するために馬車に揺られていた。
むかいには、三里子爵夫人がいる。
「いいわねお縲、くれぐれも粗相のないようにするのよ。万が一そんなことがあったら、あなたを紹介するわたくしの体面までつぶされてしまうんですからね」
子爵夫人は怖い顔で言った。
つい先日、書生の純愛に感激していたときの面影はきれいさっぱり消え失せている。
「江那堂男爵家の十子さまは気難しい方でいらっしゃるから、うまく関心を惹くような話をなさい」
かしこまって聞きながら、縲は別のことを考えていた。
(それだけ江那堂家の財産は魅力的なのね)
男爵家当主の留守をあずかるその令嬢に会ったことはもちろんないが、子爵夫人より年上ということはないだろう。
そもそも男爵より子爵のほうが序列が上だ。
年齢からいっても家格からいっても自分より下の令嬢なのに、子爵夫人は必死になって気に入られようとしている。
とはいえ、縲も子爵夫人を笑えるような立場ではない。
一個人としてはいけ好かないことこの上ない坂松田友に気に入られるために、慣れない洋装に骨を折りつつ探偵のふりをしているのだから。
(平民も華族も、どこでも人生って苦労するもんなのね)
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