1 謎めいた男爵家(3)

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「あの、お手洗いは……?」  心得顔(こころえがお)の女中は、さりげなく縲を外に連れ出してくれた。  奥まった一隅のやたらと見事な扉の奥に、これまた平民の身では入るのもはばかられる見事な個室があった。  遠くで物音がする。また誰か新たな客が到着したのだろう。 (わたしも早く戻らないと)  だが、戻った廊下には案内してくれた女中の姿はなかった。  新たな客の出迎えに行ってしまったらしい。  え、と焦ってあたりを見渡したが、誰もいない。  右を見ても左を見てもそっくりな廊下が延びていて、その先はこれまた見分けのつかない別の廊下に突き当たっている。 (やだ、どっち!?)  来るときは何より必死だったし、女中の背中を追っていただけで、周囲を見る余裕はなかった。  縲はあせった。 (お屋敷のなかをうろうろしてたら、あのお嬢さまに怪しまれるに決まってるじゃない!)  おそらくこちらだろうと見当をつけたほうへ、縲は平静を装って歩いて行った。  だが、気合と勘はでどうにかならないこともある。  応接間どころか、中央ホールすら見当たらない。  あわてて元の場所に戻ろうとしたが、それすらかなわなかった。 「迷った……」  縲は呆然と立ちすくんだ。  その直後、背後に人の足音が聞こえた。
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