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1 謎めいた男爵家(4)
(まずい!!)
うろついているところを見られては怪しまれる──そして目の前の扉のむこうに人の気配はない。
縲は思い切って扉を開け、そろりと体をもぐりこませて息をひそめた。
そっと室内をうかがうと、食堂だろうか、巨大な長卓にそろいの椅子がずらりと並んでいる。
そのむこうに明るいガラス戸があって、庭の木立が見えていた。
足音が近づいてきた。
(どどどどうしよう!)
と、そこでようやく、隠れる必要などなかったのだということに気づく。
(堂々と迷ったと言って、応接間まで案内してもらえばよかったのに!)
そうすれば縲自身は少し──いやかなり──恥ずかしいにしても、懸命に古着でめかしこんだ平民女が邸宅内で迷子になった、という笑い話ですんだ。
だが、こんなふうに他の部屋にまで入ってしまっては、もう申しひらきは立たない。
ただのうさんくさい平民女になってしまった。
男爵令嬢に取り入るどころか、泥棒疑いで警察に突き出される恐れすらある。
(ばかばかばか、こんな仕事を引き受けるから!)
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