1 謎めいた男爵家(4)

3/10

5人が本棚に入れています
本棚に追加
/133ページ
 見つかった。  縲の喉の奥からおもわず小さな悲鳴がこぼれる。  だが人影は騒ぐことなく、すばやく走り寄ってきた。  筒袖姿の若い園丁(えんてい)だった。  肩の張った痩身だが背は高いほうで、髪は毛先が立つほど短く、その下の両眼は鋭い、というより怖い。  逃げられないか、せめて言い訳できないかとあたふたする縲に、園丁はいきなり小声で言った。 「阿縲(あるい)──阿古村(あこむら)縲か?」  それは田友が以前よこした手紙に書いてあった縲の略称だった。  縲は驚きで目を真ん丸にした。  それでもなんとか声をひそめることは忘れない。 「え、じゃあもしかしてあんたは高木(たかぎ)速郎(はやお)?」  田友が、以前は三里(みさと)子爵家にもぐりこませ、今回はこの男爵家にもぐりこませているという手飼いの男だ。 「そっちは変名だ。ここには本名の(やなぎ)尤雄(あやお)で入ってる。──そんなことはいい、よけいなところをうろつくんじゃねえ」  尤雄の口調は鋭かったが、その眼光よりはまだやわらかく感じられる。  縲はその目に負けじとむっとにらみ返した。 「仕方ないじゃない、迷っちゃったんだから!」  ち、と尤雄は短く舌打ちをした。  不機嫌そうにじろりと縲を見下ろした目がいっそう怖い。
/133ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加