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丁重ながらもそっけない声音、そしてなんの感情も見せない双眸。
二度目の訪問はしばらくなさそうだな、と縲は苦い思いを嚙みしめた。
「……はい、わたしに御用がないことこそがご婦人の真の幸せですから」
ほんのかすかに、十子の双眸が微笑んだ気がした。
とはいえそれも、男爵令嬢に取り入ることができずに去るしかない者への憐れみ以上のものではなかっただろう。
実際それ以上の言葉もなく、十子は邸内に戻った。
「阿古村さま、馬車はこちらです」
御者が声をかけてきた。
縲がふりむくと、彼は改めて名乗った。
「宮芝楓次と言います。お呼び立ての際はどちらでも」
人懐こい申し出でありがたいが、彼を呼ぶ機会が今後あるとも思えない。
縲は苦笑して、それでも一応はうなずいた。
にこりと笑い返してきた御者は、そのままの口調で言った。
「ところで阿古村さま、どうしてお庭へ出られたんです? 今日の茶会は応接間だけでのはずですけどねえ」
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