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おだやかに敗北を受け入れていた縲の心臓が、その言葉でぎゅっと縮みあがった。
「庭っ!?」
まさかこの御者に見られていたのだろうか。
縲はまばたきも忘れて御者を見た。
童顔の御者は相変わらず微笑んでいる。
「違います? ほら、靴に芝がついてますよ」
縲はあせりながら自分の靴先を見た。
たしかに短い芝が張りついていた。
(どうしようどうしようなんて答えよう!?)
あせるばかりでなんの考えも浮かんでこない。
縲はそろそろと顔をあげた。
御者はきょとんとした顔で頭に手をやった。
「あれ、勘違いでした? じゃあここに来る前に別のどこかでついたんですかねえ。失礼しました」
その後は特に何事もなく、御者はちゃんと縲を家まで送ってくれた。
愛想笑いを顔に貼りつけて礼を言って馬車を見送り、やっと自分の家に戻った瞬間、縲はくたくたとへたりこんだ。
ため息とともに声が漏れた。
「……歩いて帰ればよかった……」
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