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亡母に頼まれて十子の行く末を案じている、という決まり文句がまた始まった。
十子はおだやかに、しかし心は完全に無のまま、クメの話を聞き流した。
さりげなく他の手紙を眺める。
三里子爵夫人だけではない。他の貴婦人からも何通か来ているが、中身はほとんど同じだ。
茶会や催しへの誘い、そして遠回しな見合い話。
どの文面からも江那堂家が持つ財産への欲求がむっと押し寄せて、むせそうになる。
銀行からの投資話のほうが、最初から目的をはっきりさせているだけすがすがしい。
「──三里子爵夫人の甥御さまも結構ですが、紅崎男爵家のご次男さまや海村子爵家のご長男さま、それに磐地川侯爵家にも独身の御子息さまがいらっしゃるとか──十子お嬢さまもよき方にめぐりあわれて──」
縁談に意見してくるクメも、求めるものは微妙に違うとはいえ、十子に欲求を押しつけてくるという点でよく似ている。
自分の忠義と見識を認めてほしい、感謝して報いてほしい、というその言外の声に、かえって気持ちが遠ざかる。
「そうしたお話はお父さまとして。お父さまご不在で縁談を進めることなどできないわ」
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