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クメはいらっと顔をしかめた。
「まあ! ですが十子お嬢さま、旦那さまはあのような──その、いまだお忙しくていらっしゃいますし、お帰りを待っていたらいつになるかわかりません。わたくしは亡き奥方さまにかわって」
自分が監督する男爵家の令嬢が行き遅れるなど、彼女の自負心が許さないのだろう。
なおもまくしたてようとするクメの言葉を、十子はさえぎった。
「お父さまご不在で縁談を進めることはしません。ご招待もお断りするわ」
まだ反論しようとした女中頭を正面から見据える。
「下がりなさい」
相手が自分の欲求を押しつけてくるのなら、十子も押しつけるだけだ。
ありがたいことに、十子ももはや子供ではなかった。
意見がぶつかったとき、年齢を理由にあきらめさせられずにすむだけの権利はすでに得た。
「……ほかに何か御用がございましたら、仰せつけくださいませ」
クメはしぶしぶ引き下がった。
やっとまたひとりになれた。十子は細い眉をひそめて息をついた。
そのとき、かすかに秋風の匂いが変わった。
窓の外を見ると、ひと筋の細い煙がゆらゆらと空へのぼっていた。
「──そうだわ」
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