2 心配な計画(1)

6/9

5人が本棚に入れています
本棚に追加
/133ページ
「あなたはまだ結婚していなかったわよね」  無表情な尤雄の顔に浮かんだかすかなとまどいに、十子の微笑は大きくなった。 「はい」 「お父さまやお母さまは何も言ってこないの?」 「はい」 「そう、いいわね。わたしも、父本人は何も言ってこないのだけれど、ほかの者がうるさくて。それも自分の都合ばかり」  と言った瞬間、その言葉が十子自身に返ってきた。  十子は微笑を消して尤雄の表情をうかがった。 「……ごめんなさい。仕事中のあなたをつかまえてこんな愚痴を言うのも、わたしの都合ね」  尤雄は伏し目の無表情で、その心のうちはうかがえない。  十子につきあいながらも機敏に焚火を観察していたようで、彼は手にしていた箒をくるりとまわして柄でつつき、燃えさしの手紙の端を火に入れた。 「それで気が晴れるのでしたら」  雇い主の機嫌をとろうという気配はまったくなく、といって適当にやりすごそうとしているわけでもない。  十子は十子の都合でそこにおり、自分は自分の都合でここにいる、ただそれだけのことだと言うかのような無頓着さだった。  その辺の木や岩が言葉を発したらこんな感じだろうか。  ふふっ、と十子はおもわず小さく笑った。  普段は絶対に口にはしない思いの端が、するりと声になった。
/133ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加