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「結婚を急かしてくる人はいないとのことだけれど、あなた自身を心配してくれる人もいないのかしら?」
おかしなことを言ったという自覚が遅れてやってきて、十子は一瞬どきりとした。
だが尤雄はそれまでとまったく同じ態度のままだった。
「はい」
そんな彼がありがたかった。
十子は一度息をつき、再度口をひらいた。
「──寂しくはない?」
「はい」
「そう。あなたは強いのね」
十子はふりかえった。
「知っているかしら、応接間に絵があるの。地球儀を見ている地理学者の肖像画。父が、自分に似ている気がするといって洋行先から送ってきたのよ。実際よく似ているわ。西洋人の絵なのにふしぎなくらい」
尤雄は無言だったが、耳を傾けてくれている雰囲気は伝わってくる。
彼だったら何を言っても許してくれる気がした。
十子は胸の奥にわだかまる思いを口にした。
「父は自分が自由に生きている分、娘のわたしの意思も尊重してくれる人。わたしが何をしようと、決して反対などしないわ。──でも本当にたまにではあるのだけれど、絵ではなくて実際の父がいてくれたらと思うときがあるの。たぶん、ときどきはそんな人がそばに必要なのよ」
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