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「高木速郎は、こちらにまいることはできないと申しました。ですがこの手紙を預かっております。どうぞ」
封書をひったくった子爵夫人は、すぐさま封を切ると、目を皿のようにして手紙を読んだ。
まばたきを忘れたらしいその両眼に、みるみる涙が盛りあがる。
「速郎……っ……」
頬をつたう涙はそのままに、子爵夫人は手紙を抱きしめた。
口もとをゆがめ、絞り出すような声でつぶやいた。
「わたくしが……わたくしがいけないのだわ。わたくしのせいで速郎を苦しめてしまった……」
縲は殊勝な顔を作り、気配を消すことに努めた。
書生の手紙の文面は知っている。
さまざまな修辞上の表現をさっぴけば、内容は簡単なものだ。
(あなたに許されない恋をしてしまったので立ち去ります、だっけ)
自分を想って身を引いた書生の決断に、子爵夫人の涙腺は鎮まる気配もない。
ハンカチで鼻を抑え、まだ泣きじゃくっている。
「ええ、わたくしだって速郎の想いには気づいていたわ……。彼がさる伯爵のご落胤だと打ち明けてくれたときから、眼鏡越しにいつも寂しそうにわたくしを見つめるあの視線に気づかないなんてできるわけがないもの。わたくしだって、できることなら速郎の気持ちを受け取ってあげたかった。速郎、とひと言呼び止めて、あの伸びた髪を整えてあげたら、速郎はどんなにか幸せだったか! ……でもわたくしは夫のある身、いくら速郎がかわいそうだからと言ってそんなこと……」
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