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十子は尤雄を見た。
彼が腰の後ろにさしている一尺あまりの古びた延べ煙管が目に入った。
「おじいさまの形見だそうで。ねえ、尤雄くん」
尤雄はわずらわしそうに目を細めた。
眼光が突き放すような鋭さを増したが、楓次は露ほども気にする様子はない。
「それに聞きたい話もあるんですよ。庭に植えてる芝の種類とか」
奢らせた上に話をさせるというずうずうしさの極みのようなことを、屈託なく求めている。
彼もまた自分の欲求しか関心がないらしい。
とはいえ、江那堂家の雇人関係は万事順調というわけでもない。
待遇はよくしているつもりなのだが、比較的仕事のできる者は当初こそよくてもそのうち辞めてしまい、そうでない者はあまり使えずこちらから暇を出すことになる。
そういう意味では、仕事ができて気負いもないこの御者は貴重な存在ではあった。
「ってことで、じゃあ今度行きましょう。楽しみだなあ」
楓次はひとり話を進めて行ってしまった。
「仲がいいのね」
「いえ、まったく」
尤雄は間髪入れずに否定した。
とはいえその声にはとまどいがにじんでいる。
彼の環境に同情をおぼえながらも、その様子がまるで小犬にじゃれつかれて困っている大犬のようで、十子はおもわずくすりとした。
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