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男爵令嬢に気に入られておこぼれをねらいたい卑しい女として全力で取り入れ、ということらしい。
ひとりで生きていくことになって以来、縲もひととおりの苦労はしてきた。
女中でも女工でも女給でもない職を得られるかもしれないこの機会がどれほど貴重かは、よくよく承知している。
そのためなら多少の泥をかぶる覚悟もある。
(でもそんなことをやってなれるのが、こんな狸親父の手下とか……)
田友はじろりと縲を見る。
「つべこべ言わずにやれ。でなきゃ馘だ」
(まだあんたの社員じゃないんだけど!)
とは思いつつ、この場を立つだけのふんぎりはまだつかない。
縲の複雑な心中を察したのか、田友の口ぶりが変わった。
「いいか、江那堂男爵家が後ろ暗いことをやって稼いでるんなら、その秘密を暴いてやるのが天下万民のためになる。その端緒をひらくのが、おまえなんだ。天下のための大事な仕事だぞ」
丸めこまれたつもりはないが、少しだけ気持ちが傾いた。
縲は小さく息をついた。
「……わかりました。でもいったい何を盗むんですか?」
「尤雄がまたいい仕事をしてな。おまえも見たんじゃないのか、応接間に肖像画があるんだそうだな。そいつが嬢ちゃんの大事な絵らしい」
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