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地理学者の肖像画を思い出しながら、縲は尋ねた。
「それなら盗んだ犯人まで捕まえないと、お嬢さんの気が済まなくないですか?」
「ばかが、当たり前だ。犯人まで捕まえろ」
「え──でもだって犯人って」
「もちろん尤雄よ。しばらく牢に入れば済む」
まるでちょっと湯治にでも行くような田友の言い草に、縲は仰天した。
たしかに彼のあの目つきの鋭さは犯罪者として申し分ないが、だからといってこれは──
(違うでしょ!)
世のなかは白か黒かではなく、限りなくどちらかに近い灰色しかないことは、縲も身に染みてわかっている。
それでも、できることなら白寄りの灰色でいたい。
頼れる親もなく財産もなく、何もない身だからこそ、心根まで落ちぶれたくはない。
自分の目的のために他人を犯罪者にするなど、もってのほかだ。
縲はすっくと立ちあがった。
「やめ! やめやめやめ! こんなさもしい悪だくみに協力できるもんか!」
だが田友は鼻で笑っただけだった。
「威勢がいいな。まあおまえがいやだって言うんなら、ほかをあたるだけだ。使える奴はいくらでもいるんでな」
「そうしてよ、この狸の親玉が! わたしは真っ平ごめん!」
田友は煙管を吸い、旨そうに煙を吐き出した。
これもどうせ上等の煙草なのだろうが、縲からしたら臭いだけだ。
「このあと尤雄と打ち合わせなきゃならん。二、三日やるから、よくよく頭を冷やして考えろ」
いー、と顔をゆがめて、縲は田友宅を飛び出した。
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