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§ § §
西空にたなびく雲は輝く朱色に染まっている。
園丁の仕事を終えた尤雄は、執事の駒藤に外出許可を求めた。
駒藤は尤雄をなんとか見下ろそうと胸をそらせ、いつもの気ぜわしい口調で使用人が守るべき分際を言い立ててきた。
とはいえ、雇い主の男爵令嬢自身が使用人の外出には寛大だ。
「──必ず朝には帰るように」
あるじの方針には従うしかないわけで、彼が最初からそうしないのは自分の地位を見せつけるための一種の儀式だった。
一礼した尤雄は、さっさと男爵邸の裏門へと向かった。
女中頭のクメのきんきん声が聞こえた。
「駒藤! どこにいるのです、前も言ったのにまた銀器を──」
週に数度は起きる執事と女中頭の口論に巻きこまれないよう、尤雄は先を急いだ。
裏門近くに人影があった。
「ああ、尤雄くん。また執事と女中頭で始めたみたいですねえ」
ひっくり返した桶にちょこんと座っていたのは、御者兼馬丁の楓次だった。
尤雄は彼をひそかに警戒している。
先日蕎麦屋に引っ張り出されたときは、やけに庭の芝について尋ねてきた。
──ほらこの前茶会があったでしょう。客人のひとりが帰るとき、靴に芝をつけていたんですよ。あの日、庭は開放してなかったから、どこでつけたのかふしぎに思いまして。
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