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田友が送りこんだ阿古村縲とかいう女探偵のことだと、すぐにわかった。
彼女のやらかしに舌打ちしたくなったが、起きてしまったことは仕方がない。
それよりも、彼女よりはるかに探偵の素質がありそうな楓次の存在のほうが問題だった。
いまもなぜここにいるのか、はたして本当に偶然なのか、尤雄は疑った。
「上野の山の動物園って行ったことあります? あそこの檻に猿がいるんですけどね、喧嘩になるときいきいぎゃあぎゃあ、えらい騒ぎなんですよ。そのくせ本気で戦うって覚悟でもなくて、気が済んだところでぱっと収めちゃって。似てません?」
楓次は今日もいきなり突拍子もない話を始めたが、ただの世間話なのだろうか。
「ここの家は新華族で、先祖代々の家令や家来がいないからですかね。所詮は金目当ての雇われ人ばかりで」
あ、それはおれも一緒か、と彼は屈託なく笑った。
「頼りになる人が誰もいなくて、あのお嬢さんもなかなか大変ですよ。父君は外遊中、女中頭と執事は権力争い、友達面するのは金の匂いに惹かれたご婦人連と来ちゃ」
あけすけな噂話にもかかわらず、それこそ猿を熱心に観察する子供のような無邪気さだ。
寒さの気配をはらんだ夕風が吹いて、尤雄はわずかに目を細めた。
相手をせず、楓次の前を通りすぎようとする。
彼はぴょんと、結んだ髪を揺らして立ちあがった。
「お出かけですか?」
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