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「……ちょっとな」
「へえいいなあ。おれも夜鳴き蕎麦でも探しに行こうかな。もうちょっと尤雄くんと話したいし」
尤雄はさらに目を細めた。
「ついてくんな」
「大丈夫ですよ、ちょっぴり抜け出すだけで最後までついてくなんて野暮はしませんから。そうでなくても馬には蹴られやすい職業ですし」
楓次はひらひら手を振った。
これも仕方ない。
ならば自分にできること──適当に撒く心づもりをして、尤雄は歩き出した。
楓次が気安く並んできた。
「さっきの話の続きですけどね、でもおもしろいなって思ったことがあって。そんななか、この前のお茶会に来た人は様子が違ったんですよ。阿古村縲さんっていうんですけど」
いやな予感しかしない。
だが、内心を表に出さないことには慣れている。
無関心な顔で、尤雄はそのまま歩いた。
楓次もまったく態度を変えず、興味深そうに話しつづけた。
「古着の洋装の、平民のお嬢さんでしたけどね。でもなんていうか、お金目当てじゃない雰囲気で。それにすごいんですよ、探偵って言ってましたよ。まるで涙香だ」
迷っていた縲を邸内に戻してやってからは、彼女とは会っていない。
もしかしたらその後、この面倒な男に庭の芝がくっついた靴を見られるだけでなく、話までしたのだろうか。
尤雄はまた舌打ちしたくなった。
「興味ねえ」
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