2 心配な計画(3)

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 見れば、菓子屋だった。  夜の遅いこの近辺を反映してか、この時間だというのにまだ店内の蒸し器には火が入っている。  ふわっ、といい匂いが鼻先をくすぐった。  縲はとっさに蒸し器を指さした。 「あれを!」  前掛け姿の店員が蒸し器の蓋をあげた。  いい匂いがさらに強くなる。 「はい酒蒸(さかむ)饅頭(まんじゅう)、おいくつさしあげましょうか」  蒸し器の前に値段が書いてある。  一個二銭。屋台の安饅頭や大福餅の倍額以上だ。  これから住む家も探さねばならないのだし、一厘でも倹約したい身には痛い。 (さっき見栄張って半銭も出さなきゃよかった……)  とは思いつつも、そこで値切ったら田友に借りを作るようでいやだった。  いまも、軒先をしばらく借りておいて逃げ出すなど、頭としっぽの垂れた野良犬になったみたいでいやだった。 「……ひとつください」  縲は蚊の鳴くような声を絞り出し、二銭を渡した。  屋台でもないのに一個買いの客に思うところはあっただろうが、店員は礼儀正しくにこりとした。 「はい、ごひいきにありがとうございます」  手際よく包み紙にくるまれた饅頭は、縲の手のなかでほかほかと湯気が立ち、香り高く、ふわっと温かかった。  みじめな気持ちが吹っ飛んだ。  きちんと客として扱ってくれた店員に礼を言う。 「ありがとう!」
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