5人が本棚に入れています
本棚に追加
/133ページ
見れば、菓子屋だった。
夜の遅いこの近辺を反映してか、この時間だというのにまだ店内の蒸し器には火が入っている。
ふわっ、といい匂いが鼻先をくすぐった。
縲はとっさに蒸し器を指さした。
「あれを!」
前掛け姿の店員が蒸し器の蓋をあげた。
いい匂いがさらに強くなる。
「はい酒蒸し饅頭、おいくつさしあげましょうか」
蒸し器の前に値段が書いてある。
一個二銭。屋台の安饅頭や大福餅の倍額以上だ。
これから住む家も探さねばならないのだし、一厘でも倹約したい身には痛い。
(さっき見栄張って半銭も出さなきゃよかった……)
とは思いつつも、そこで値切ったら田友に借りを作るようでいやだった。
いまも、軒先をしばらく借りておいて逃げ出すなど、頭としっぽの垂れた野良犬になったみたいでいやだった。
「……ひとつください」
縲は蚊の鳴くような声を絞り出し、二銭を渡した。
屋台でもないのに一個買いの客に思うところはあっただろうが、店員は礼儀正しくにこりとした。
「はい、ごひいきにありがとうございます」
手際よく包み紙にくるまれた饅頭は、縲の手のなかでほかほかと湯気が立ち、香り高く、ふわっと温かかった。
みじめな気持ちが吹っ飛んだ。
きちんと客として扱ってくれた店員に礼を言う。
「ありがとう!」
最初のコメントを投稿しよう!