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縲は軽い足取りで通りをあとにした。
今晩の夕飯をこれですませればいいだけだ。
人生捨てたものではない気がしてくる。
冷めないように、つぶれないように、大事に大事に饅頭を持って家路をたどろうとした縲は、そこでふと気づいた。
(……このあと打ち合わせるって言ってたような……)
田友と決別する前に、気がかりがひとつだけある。
縲は急いで田友宅へ引き返した。
薄暮の町はみるみる暗くなり、空は藍色に染まっていく。
無理は承知で限界まで爪先立って、板塀がのぞけないかと頑張ってみたが、無理なものは無理だった。
(来てるかな、来てないかも……お饅頭も冷めちゃう)
このあと尤雄と打ち合わせる、と田友は言っていた。
だが、それが今日かはわからない。
もう少しだけ待って何もなかったら帰ろう、と縲が心に決めたとき、小さな音がした。
縲は板塀にぴたりと貼りついた。
門のくぐり戸がひらいて、ぬっと出てきた者がいた。
夜目にも短い髪と肩の張った痩身がわかった。
「柳尤雄!」
小声ながらも鋭く呼び止めると、相手はふりむいた。
その手がすっと下がった気がしたが、気のせいだったかもしれない。
「──阿縲か?」
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